新窯から作品を取り出す梅村さん

 梅村健児さん(57)は、地方公務員を退職して5年。名古屋を離れて、ひと月の約半分を長野県・大鹿村で絵画の制作や陶芸の創作に取り組む。その一方でコメ、野菜作りにも精を出す。陶磁器産地でも数少なくなった穴窯を、こつこつとれんがを積みながら4年間かけてひとりで完成させた。このほど作品を炉に入れ焼成・炉外に作品を取り出す「窯入れ・窯出し」を行った。「将来自然の森の中の美術館の実現」が目標。新窯の完成を機に、梅村さんの新しい陶芸への挑戦が始まった。
 梅村さんが絵を描き始めたのは今から20年ほど前。スイスなど欧州旅行をしたのがきっかけ。「今度、海外旅行をする時には、スケッチをしてみたい」と思ったからだ。そこで、絵画に心得のある職場の先輩に相談。先輩の助言は「毎日欠かさずデッサンする。デッサンを始めてすぐに色付けするな」の2つだった。そこから、梅村さんの絵が始まった。目にするものを片っ端からデッサン。絵画教室に通ったほか、理論の習得とスキルアップのため美術大学の通信教育課程で学んだ。色付けしたのは、デッサンを描き始めて10年以上たってからだ。20年絵を描き続けていく中で「自分にとって現実との矛盾を表現するのが芸術だ」が持論になった。その背景には▽仕事に対する考え方▽労働組合からの教訓─の2つがあるという。
 愛知県瀬戸市役所に入り、在職中は、し尿処理場建設など一貫して環境畑だった。「し尿処理場建設反対の住民要求から建設同意にこぎつけるまでには大きな矛盾があった」。さらに労組運動では1000人を超える職員連合の書記長として奮闘。「要求と妥協点との矛盾にさいなまれた」という。
 これらのことが今、芸術活動に対する考え方の基本部分を支えている。

朝日陶芸賞に入選した作品

穴窯ひとりで完成
 陶芸をやり始めたのは51歳から。「陶磁器産地に勤務していて焼き物を知らないではいけない」と思ったからだ。オブジェの創作では「まず、最初に具体的なものがあるのではなく、土をこねていく過程で、イメージがどんどん変化する」という。
 新設した窯「のんびり窯」は幅1・4メートル、高さ1・3メートル、奥行き6メートルの規模。3日間まきを焚(た)いていた時、「炉内温度が1000度以上になり、窯の中の作品がまるでガラスのように透き通って赤く見えたときは、なんともいえない感動だった」。今後は年3回ほど窯で作品を焼く予定だ。
 梅村さんが地方公務員を退職することにしたのは、元々、田舎暮らしが好きで、山の中で芸術活動をしたかったからだ。退職した平成11年5月、大鹿村に住む知り合いを通して、現在の山の家を借りた。山の家は築300年以上の木造建築物。広さ約2400平方メートルの敷地に約660平方メートルの母屋がある。江戸時代、同地を治めていた殿様がその母屋に立ち寄ったことから、母屋には殿様と領民との直接の接見を避けるための「犬くぐり」があるほか、いろりや五右衛門風呂などがある。
 梅村さんは、母屋の一部を改修、同年秋には山の家「ゆうき村」を立ち上げた。
 山村の生活を楽しみたい夫婦、家族、仲間の素泊まりの受け入れを始めた。10人程度の宿泊が可能。標高約1000メートルの同地は涼しく、避暑には最適。ゆうき村には都会にはない魅力があふれている。のんびりと滞在し、心ゆくまで田舎暮らしを楽しんでほしい、という願いからだ。山の家は妻、美奈子さん(56)との二人三脚でやっている。
 山の家への問い合わせは TEL 052・798・2380または0265・39・2168