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困難の多かったメキシコでの暮らしを
今、楽しく振り返る
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独立行政法人国際協力機構(JICA)のシニア海外ボランティアで初めて訪れたラテンの国、メキシコ。中学校常勤講師の山岸郁子さん(60)は、現地の先生を指導するため赴任した。理数科教育のレベルアップを図るのが狙いだ。そこで目にしたものは、想像を超える文化の違いだった。その上、初めてのスペイン語など苦難の連続。持ち前の楽天性と頑張りで事態を乗り切ったという。「大変だったけれど、メキシコでの2年間は国内にいては到底体験できないことが多かった。また、海外に友人ができたのもうれしい」と、シニア海外ボランティアの成果を語っている。
山岸さんは、夫の哲太郎さん(63)と一緒に2000(平成12)年10月から2年間、メキシコに赴任した。山岸さんは数学での指導を、哲太郎さんは理科の実験助手として活躍した。
山岸さんがJICAのシニア海外ボランティアに応募したのは、定年退職した哲太郎さんが取り寄せた応募用紙を見たのがきっかけ。「数学教師の私にもやれることがある」と思ったからだ。たまたま、理数科要員を募集していたメキシコに赴任することになった。
メキシコへの赴任に関して、山岸さんに気掛かりなことが一つあった。それは、現地の母国語であるスペイン語をほとんど知らなかったことだ。シニア海外ボランティア試験は英語で受験。スペイン語は赴任前、短期間の事前研修を受けただけだった。
「教師は物づくりとは違い、言語で通じ合わなければ仕事にならない」と考え、現地で家庭教師を依頼した。それから、山岸さんのスペイン語との“闘い”が始まった。元社会科教師のホビータさん(53)から日常会話だけでなく、メキシコの歴史などをスペイン語で興味深く話してもらった。また、ホビータさんが英語を話せなかったことが、かえってスペイン語上達につながった、と振り返る。
首都・メキシコシティーから西に約60kmにあるトルーカ市の、主として国立中学校4校を順番に回った。
山岸さんは、現地の数学の先生たちに言い続けたことがある。「時間内、目いっぱい考えさせる授業をしてほしい」と。現地の数学の授業では、先生が生徒に「コピア ポルファヴォル」。つまり、黒板に書いたことを生徒に写させるだけの授業形式だった。
教室には時計がなく、始業・終業はカンパーナと呼ばれる鐘で知らせるだけだった。
「これでは時間配分を念頭に置いた授業はできない」と考えた山岸さんは、JICAに時計を寄贈するよう働きかけた。JICA側もこの提案を受け入れ、16個を寄贈した。
山岸さんが担当したクラスに、「オユキ」という名前の現地の女生徒がいた。そこで、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の小説「雪女」を紙芝居に仕立て、スペイン語に訳して披露した。生徒からはやんやの拍手を受けたという。
山岸さんはある先生に、「日本では“鉄は熱いうちに打て”ということわざがある」と言った時、その先生から「鉄を熱いうちに打ったから、日本では刀ができたのね」という返事が返ってきた。これにはあっけにとられたという。
生活のすべてに文化の違いを感じた。「時は金なり」「早起きは三文の得」ということわざを、多くの日本人は肯定的に受け止めてこれを実践しようとする。しかし、メキシコのことわざでは「早起きしても夜が早くあけるわけではない」。つまり、「あくせくするな」ということで、わが国のことわざとは180度異なるのだ。
若い先生の結婚式に招待され、出席した時のことだ。メキシコの民族舞踊音楽であるマリアッチを演奏する楽団員の中に、教頭先生と音楽の先生の姿を発見した。副業をしていたのだ。公務員の賃金が高くないメキシコでは、こうした副業も黙認されているという。
困難が多かったメキシコでの暮らしを今、楽しく振り返ることができるのは、“夫婦で一緒に赴任したのがよかった”というのが山岸さんの実感だ。
JICAは、シニア海外ボランティアを春と秋の年2回募集している。詳しくは、JICA中部国際センターTEL052・702・1391まで。