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「最後の瞽女
小林ハル」の100回公演を
目指す安藤さん
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そうそうたる芸術家のたまり場だった陶芸ギャラリーのオーナーから、借金地獄で家政婦へ─。名古屋市昭和区の安藤俊子さん(75)の人生は、波瀾万丈などという言葉が陳腐に聞こえるほどだ。借金返済を終えた今、安藤さんが取り組んでいるのは「ひとり語り」。存命する最後の瞽女(ごぜ)・小林ハルさんの人生を語る語り部として、100回公演を目指している。
陶芸ギャラリーを開いて3年目の昭和58年、偽茶碗によって多額の借金を背負った安藤さんは、住まいを失い、家政婦として働きに出ざるを得なくなった。「つらかったけど、ファイトになった。人間のこと、いろいろ勉強させてもらったし」。当時体験した“悲劇”を、後に喜劇小説「サラ金マーチ」として発行しているほどだから、この言葉は強がりでも何でもない。
ひとり語りを始めたのは、家政婦をやめた63歳の時。「本を出してもどれだけの人に伝わっているのか。直接語るほうが大事だ」という思いからだというが、初舞台がいきなり愛知県芸術劇場小ホールというから驚きである。しかし、これが話題を呼び、日本でただ一人、小泉八雲の作品を脚色して語ることを許された「小泉八雲の会すいせん語り部」となった。
八雲作品の語りも軌道にのってきた6年前から、安藤さんは現在105歳の元瞽女・小林ハルさんの自伝をもとにした「最後の瞽女小林ハル」を語り始めた。ご本人は「ど素人の骨頂」と恥じるが、当初はあまりにつらい物語に、語りながら涙が出て仕方なかったという。客席では、男性までもが肩を震わせながら聞く。一度聞いたら忘れられない印象を残す安藤さんの語りは、ここでも口コミで評判となり、これまで全国で公演を行っている。
ハルさん本人からも「おらのようなもんでも、生きているということを話してやってくれ」と声を掛けてもらったと言い、「これは私のライフワーク。瞽女のことを知らない若い人にも聞いてもらいたい」と力を込める。
実は、安藤さん自身、3歳のころに右目を失明、左目は0.05の弱視で視野も狭い。しかし、父親の影響で無類の本好きに。いわゆる障害者としての生活とは全く無縁に、激しくそしてたくましく育った。盲目として数々の差別と闘いながらも生き抜いた瞽女とは、出会うべくして出会ったと言えよう。一昨年にがんの手術をしたことに触れれば、「借金を返したと思ったら病気。まったく、楽はさせてもらえない」と高らかに笑う。
今年は秋に八雲作品の新作を発表、そして「最後の瞽女─」の語り100回を達成するのが大目標。2月現在で公演数は78回。「呼ばれれば、どこででもやる」と安藤さん。達成したらハルさんの元へ報告に行くという。
「最後の瞽女 小林ハル」の公演依頼・問い合わせは、安藤俊子さんTEL090・3482・1084