手に持つ「船橋小字地図(図版編)」は滝口さん著。市内全域の詳細な小字が紹介されている
 “平成の大合併”でいま問い直されている地名。歴史や地形、住民の誇りを表す地名を探索する面白さに引かれた滝口昭二さん(67)は船橋市内の小学校校長の退職を機に、「船橋地名研究会」を発足。現在会員は200人以上にのぼる。
「例えば『海神』。『ワタツミ』と読む地名は多いが、船橋市だけは唯一『カイジン』と読ませる。ここに地名を研究する面白さがあります」
 地図を広げて、滝口さんは軽快な口調で語り始める。船橋市宮本公民館の講座「船橋を歩く」は船橋市内の小学校在職中から継続しており、2月18日で58回を迎えた。人気の秘密は、単なる名所旧跡巡りに終わらせないこと。「ぼくの場合、まずみんなを現地に連れて行き、道端の標識や坂、雑草に埋もれた石碑など、普段見過ごしてしまうものを指し示して説明する。『ここにかかれている人はね…』という具合。このほうが臨場感がわくでしょう」
 定年を機に、滝口さんは船橋老人大学の講師を務めた。自分よりはるか先輩が生徒だった。講義後、酒を一杯酌み交わしたとき、「地名研究をやりたい」と情熱を語ったところ、生徒らは賛同。滝口さんを会長に、定年退職男性ばかり25、6人が集まって「船橋地名研究会」が発足した。「自分にとって定年は本を1ページめくるのと同じ気持ち。定年を迎えた感慨はなかったね」
夢は「地名辞典」の完成
 地名に興味を持ったのは、昭和15年ごろの「船橋市全図」に書かれた小字を見てから。現在の地図との比較に病みつきになった。地図を片手に市内を歩きまわる日々が続き、図書館に通いつめて資料を読みあさる。時間を見つけては地元の老人に会い、伝説を聞き歩いた。
 「地名の由来は営々と口伝されてきたが、実際には歴史上の事実と食い違う部分も多い。でも大切なことは『その意味は何なのか』と考えること。歴史研究者は“これが間違っている。本来はこうだ”と主張しがちだが、あまり善しとしない。土地の人々が語り継いできた“物語”を絶つのは、私たちのやるべきことではないから」
 滝口さんは「地名を語る会」と「地名を見る会」を年4回行い、機関誌「船橋の地名」を年4回発行。地元ミニコミ誌でも連載を持ち、現在住んでいる成田市から1時間ほど電車に乗って、最低でも週に2回は船橋市に“帰ってくる”。「在職中お世話になった船橋への恩返しというのかな。船橋以外にあまり興味がないんだよ」と時折少年のような笑顔を見せる。
 「地名はそもそも流動的で、生きているんだ。地元民と新住民が交われば文化も生活も変わる。地名は住んでいる人が決めればいいこと」
 生み出される地名は文化の破壊ではなく、再構築だと語る滝口さんは今後、船橋の地名の由来を網羅した「地名辞典」を完成させたいという。
船橋地名研究会の問い合わせTEL 0476・27・6063