新品のロングボートで“再デビュー”
する阿出川さん

 岬町でサーフショップを営む“テッド”こと、阿出川輝雄さん(62)は、1960年代のサーフィン上陸以降、日本にサーフィン文化を根付かせた先駆的人物。過酷な闘病を乗り越えた伝説のサーファーを訪ねた。
 東京・神田生まれの阿出川さんは、1964(昭和39)年日本大学在学中に渡米、サーフィンに出合った。現地ではロングボードが大ブーム。文化や生活の豊かさに阿出川さんは衝撃を受けた。
 翌年帰国し、22歳で「TEDS SURF SHOP」を神田にオープン。当時は誰もサーフィンの存在を知らないころだ。「これからの日本はサーフィンみたいな遊びを増やさないと世界から置いていかれる。遊ぶ人間をつくりたい」。経営は厳しかったが、阿出川さんの開拓精神と情熱に揺るぎはなかった。
 74年、店を岬町に移転。「地元の人は親切で、すぐに受け入れてくれました」。当時、サーフィンは若者の間でブームになり、店は多忙を極める。徐々にサーフショップが立ち並び、岬町は多くのサーファーに愛される町になった。
 阿出川さんを病魔が襲ったのは03年10月3日、60歳の時。買い物帰りに自動車を運転中、急に右手と右足の感覚がなくなった。ブレーキが踏めずに、反対車線の坂道に突っ込み、車を緊急停車。もうろうとする意識の中で携帯電話を取り出すが、ボタンが押せず、窓も開けられない。「もう駄目だ」とそのまま気を失った。つながらない電話に異変を察した息子と娘が車で探しまわり、ぐったりした輝雄さんを発見。脳こうそくだった。
 命は取り留めたが、右半身の自由を奪われた。絶望した時期もあったが、考え込むより体を動かそうと、必死にリハビリを続けた。2月に退院後、自宅の周りを歩き始め、5月に入ると自宅から店まで約2kmの道を歩き、太東海岸の砂浜で歩行練習をした。
 夏には温水プールでリハビリを兼ねて泳ぎ始め、現在200mまで泳げるように。現在もウオーキングと柔軟体操を欠かさない。驚異的な回復を支えたのは、「この街の環境と家族の支え」と阿出川さん。そして何よりも、「サーフィンをもう一度やってみたい」という思いだった。
 「おいしいものを食べたい、いい音楽を聴きたいなど、以前はやりたいことが20個あったとしたら、(病後の)今は3つしかない。歩くこと、友達と話すこと、そして波に乗ること。生きるために必要なものって、本当は少ないんだね」
 悲願だったサーフィンは、6月ごろ下田の多々戸浜で再開する予定で、7月下旬には地元・太東の波に挑む。また、今月末の「サーフタウンフェスタ2005」の顧問を務め、多忙な毎日が続く。「昨年東京から63歳の男性がサーフィンを始めたいと訪れてね、自然相手の危険なスポーツだし、止めたけど、今は『こんなに面白いものはない』と楽しんでいる。その姿を見たら、自分も負けていられないでしょう」
          
サーフタウンフェスタ2005岬町と一宮町で
 “海!環境とともに未来へ”をキャッチフレーズに、28日(土)から6月5日(日)まで、岬町と一宮町の海岸で、「サーフタウンフェスタ2005」が行われる。
 サーフィンなどのマリンスポーツを軸にしたアクティブスポーツや乗馬、乗船、カヌーなどのギャラリー参加型の体験アトラクション、地元産直バザー、フリーマーケットなど、さまざまなイベントを開催。問い合わせは事務局TEL0470・87・9988
☆WQS第24回OP千葉プロオープン(6月2日〜5日、夷隅海岸)
☆フラナイト&ライブ(28日、太東海岸)フラダンスと音楽を楽しむ夕べ。
☆乗馬体験(6月4日・5日、夷隅海岸)
☆体験乗船(29日、大原漁港)