美濃国出身の江戸時代の僧円空上人。なた1本を持ち、全国を歩き、人々の救済を願って仏像を彫り続けた郷土の異才だ。現在、その円空が作ったなた彫りの仏像・円空仏は全国に5000体が現存するといわれる。その円空仏のうち岐阜県や愛知県などに次いで全国3番目に多い埼玉県で、地元の円空仏が紹介され話題を集めている。美濃を出て、全国行脚で立ち寄った武蔵の国の地で制作された円空仏は、今も人々によって大切に守られ、信仰のともしびが今なお続いていることをうかがわせる。

埼玉県民の関心を集めている円空の仏像

埼玉県で展覧会 21体を紹介
 円空仏が公開されているのは、アニメのクレヨンしんちゃんで知られる埼玉県春日部市の同市郷土資料館。「粕壁と円空 再び…」と題された展覧会で、同市内に現存する21体の円空仏が公開されている。
 岐阜では「円空さん」の愛称で知られる円空の一生は謎に包まれた部分が多いが、寛永9(1632)年に美濃で生まれたことは確かだ。生地については諸説あるが寛文3(1663)年ごろに出家、富士山や白山など各地の霊峰で修行し、修行僧、修験者として各地を旅していたことは間違いない。
 円空は東国への旅を続け、寛文6(1666)年に突如、津軽城下(現青森県弘前市)に現われた。その後、蝦夷地(現北海道)にも渡ったとされ、松前などで布教活動を続け、その地にも円空仏が残されており、「今釈迦(いましゃか)」とたたえられたといわれる。
 その円空の旅路が関東に向かったのは、延宝8(1680)年から天和2(1682)年にかけてと元禄2(1689)年のこと。ともに日光の山岳寺院に仏像を納めていることが分かっている。

全国的にも珍しい作例といわれる「蔵王権現立像」

日本各地に足跡
全国に5000体現存

 埼玉県内に滞在していたのはそのころのようで、同県内には160体を超える円空仏が伝えられている。今回、円空仏が公開されている春日部市は、江戸から日光に向かう日光御成道沿いの宿場町にもあたり、日光への修行の途中に滞在したとも推測できる。春日部市に現存する21体の円空仏は最大で194センチの「聖観音菩薩立像」で、最小のものはわずか14・5センチの「護法神像」。寺院で所有していたもののほか個人宅に残されていたものも多い。このなかでも「蔵王権現立像」は修験道の開祖・役行者が奈良の金峰山で修行中に姿を現したという悪魔降伏の菩薩の姿を彫ったもので、全国的にも珍しい作例という。
 どの円空仏もスギやヒノキ、建築の廃材などに荒々しく仏を刻んだもので、形や姿、表情もバラエティー豊かなものばかり。一夜の宿のお礼にその場で彫ったと思われるものや日数を掛けて彫られたものなど、“木っ端彫り”“日本のロダン”とも称される円空仏の特徴がよく現われている仏様だ。
 春日部市郷土資料館では平成2年に同館会館記念の「粕壁と円空」展を開催。その際は当時判明していた14体の円空仏を展示した。その展示をきっかけに同市内での円空仏が市民の関心を集め、今回までに新たに7体が発見されるという快挙に結びつけた。
 今回の展示期間中には、木彫り愛好家による作品展覧会や市民の円空彫り体験教室なども併催され、300年以上も前に円空が残した木彫りの遺産が、遠く離れた関東の地で息づいているようだ。
 同資料館によると、仏壇の中に収められていたり、土蔵などの奥に置き忘れられていたり、まだまだ発見される可能性は高いという。今回の展覧を機にさらに円空仏に対する市民の興味は高まりそうだ。
 人々を救済することを願い12万体の仏像を彫ることを祈願したという円空。美濃の生んだ信仰と仏師のカリスマは時空を越えて、日本各地にその姿をとどめている。
【粕壁と円空再び…】
 9月5日(日)まで、埼玉県春日部市郷土資料館で開催。入場無料。
TEL 048・763・2455