お客さんとおしゃべりしながら、着々と
手を動かす。英会話を習いに行くなど、
松永さんはかなりの行動派

 赤白のストライプの仕事着にジーンズ。髪を後ろで一つにまとめ、こまめに動くその姿は、80歳を過ぎていることを全く感じさせない。岐阜市で美容室を営む松永良子さん(81)は、手間がかかる「ピンパーマ」の技術を大切にして仕事を続けてきた。「日本のシルバー世代も、海外の女性のようにもっとドレッシーなヘアスタイルになれば…」と松永さんは語る。
 大通り沿いでもなければ、目立つ看板もない。住宅街の一角にたたずむ「松永美容室」は、スタイリング台とシャンプー台が1台ずつの小さな美容室。ほとんどが、なじみのお客さんだ。
 ここは1日1人の予約制。しかも、アクティブな松永さんは友人からの誘いで出掛けることが多く、すんなりと予約を入れることは難しい。また、初めてのお客さんには懇々と“お説教”も。お客さんにとってよくないと思えば、「この毛流でそのスタイルは無理」などとはっきり伝える。それでも、30年以上通う常連さんが多いのは、松永さんの人柄と腕の良さがあればこそ。
 松永さんが手掛けるパーマは、ロッドを使わず、指でカールを作ってピンで留める「ピンパーマ」。お客さんの毛流やくせを見極めながら、一つひとつ丁寧に巻いていく。束ねた髪を「ねじらず、レコード盤のように巻くことが大切」と松永さん。1人で100個ほど巻くのでかなり時間がかかるが、仕上がりは自然な質感でドレッシーな雰囲気になる。そのうえ、家でのスタイリングも楽なので、「うちにはセットのお客さんは来ない」とか。
 若いころは、洋裁の仕事をしていたという松永さん。どんなにいい生地も必ず一度は水につけ、アイロンをかけてから裁断。きちんとした仕事ぶりに、「松永さんが縫った服は型崩れがしない」と評判を呼んだ。もともと美容の仕事がしたいと思ってはいたものの、体の弱い松永さんを心配した父親が反対。だが、岐阜に美容学校ができたのを機に30歳過ぎて美容師を目指すことに。レベルの高い技術に触れたいと、東京や半田(愛知県)でも修業を積んだ。スタートが遅い分、必死だった。「厳しかった。技術は1+1=2にならんでね。体で覚えるしかない」
 1年間、毎日人形の毛を巻き続けた日々を懐かしむ。自分の店を開いた後もよく働いた。「昔はもっと(仕事が)早かったけど、年とともに遅くなっちゃってね。今は早さが求められて、2人でパーマを巻く店もあるけど、人によってテンションが違うから、私は1人で巻いているの」と松永さん。「『ピンパーマなんて旧式なこと、やめたほうがいい』とも言われるけど、髪にはこの方法が優しいと思うの。お客さんにも『時間かかるけどいいですか』って聞いてから受けてます」
 松永さんいわく「この店を始めて30年ぐらい」。すると、お客さんから「30年ばかやないよ。娘が4つか5つのときだから、40年はやってるよ」と突っ込みが入った。「こうも続けるつもりはなかったんだけどね。60歳ぐらいでリタイアしようと思ってたから」と松永さん。その後は80歳でやめるつもりだったが、お客さんに「行くとこのうなったら困る」と言われ、“やめるにやめられず”今日まで続けている。
 「仕事ができるってありがたいですわ。(ピンパーマの技術を)難儀して習いましたけど、今では本当によかったと思ってます」