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| 「つらく悲しい戦争体験だけでなく、父母から聞いた郷土の昔話や民話も子供たちに伝え残していきたい」と話す村越さん |
「戦争の恐ろしさ、悲惨さをどうしても語り伝えておきたい」と日立市西成沢町の村越美子さん(七二)が、先月七日から十七日まで開催された日立市平和展で、自作の紙芝居を使いながら、子供たちに自らの戦争体験を語り掛けた。村越さんは戦争体験だけでなく、両親から聞いた郷土の昔話や民話も子供たちに語り残していきたいと考え、手製の絵本を制作。小学校や公民館で積極的に講演会を開催している。
昭和20年12歳の夏
「青かった空が砲煙で真っ黒になりました。ドッカン、ドッカンと地響きを立てて爆弾が落ちてきました。夜になると、真っ暗な海から大砲の弾が飛んできたり、夜空を昼間のように明るくさせて焼夷(しょうい)弾がいっぱい落ちてきたりしました。何人もの人が弾に当たり火だるまになって死んだのです」−。子供たちは身じろぎもせず、村越さんの話に聞き入っていた。
工都日立がB29による空爆と艦砲射撃で焼け野原と化した昭和二十年の夏、村越さんは十二歳だった。そのときの体験をつづった文章が今年、「日立の空襲・語りつぐ戦争体験」(日立市郷土博物館発行)に収録。「今でも飛行機の爆音や花火を見ると体が震えます」と村越さんは言う。
母から子へ語り継ぐ話
いま村越さんはボランティアとして、小学校や公民館に招かれて、戦争体験や郷土の民話、歴史を子供にも分かる内容にかみ砕いて語り聞かせている。
「郷土に残るいろんな昔話は母から聞かされたのが役立っている」と話す村越さんは、自分が母となり、わが子に語って聞かせていたのを、勧める人があり、「おふよばあちゃんの昔ばなし」という本にした。「おふよ」とは村越さんの母の名前。巻末には「この本を母にささげます」とある。
これがきっかけとなって、直筆の手製の絵本を次々と作成。父から聞いた昔話を集めた「おじいさんの昔話」(平成七年)、母が好きだった「きつねの嫁入り」(平成十年)、「ボロボロの着物」(平成十四年)などがある。
昔話ばかりではない。郷土の水争いの史実や常陸風土記に記された地元水木浜の献上アワビの話を民話風にアレンジして作った「成沢村の水争い」(平成八年)、「水木浜のアワビ」(平成十四年)など、学校の教材として使えるものもある。作った絵本は総じて三十冊になるという。伝え聞いた小学校や老人会から、昔話を聞きたいと招かれるようになり、いつしか市民教授という肩書がついた。
「昔話や民話には残酷な話もいっぱいあります。でも、わたしは人の心を引き付ける話、人の恩や動物の恩をテーマにした話を選んで伝えていきたい」と語る。手製の絵本は、今お孫さんが夢中になっているという。
七月に市内の公民館で語った十五編の民話は、ビデオカメラマンの海老沢公さんによってビデオ化された。百一歳になる母に見せたら、「大層喜ばれました」と村越さんはうれしそうに話している。
「母から受け継いだ素晴らしい民話の世界を、今度は孫の世代に伝えておきたいのです。命の尽きないうちに」と村越さん。「午後からは次のお話し会のための絵の準備です」と顔をほころばす。民話にかける情熱は衰えることがない。
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