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| 妻との思い出の作品「二人旅」の鳥観図を手にした飯土井さん |
日立市の飯土井博さん(79)は、50年間にわたり郷土の自然、歴史、民俗を題材にした鳥観図を描き続け、ことし5月に県の「環境保全功労者賞」を受賞した。「ふるさとの海山」と題した鳥観図には、自分の足で歩いて観察した日立市近隣の海、山、川、樹木、住宅などが精密に絵図化されている。
同市に生まれた飯土井さんは技術学校を卒業して地元の企業に就職した。自分で設計した機械を携えての営業が多く、東京で生活する日が続いたという。
「絵心は子どものころからあった」と、飯土井さんが鳥観図に魅せられたのはたまたま古本屋で見つけた作家・吉田初三郎氏の鳥観図。これに触発され、仕事の合間を縫って、鳥観図作りに励むようになった。
最初の作品は、北海道を舞台にした火力発電所の送電絵図。電力会社の人から頼まれ、北海道全域の発電所と送電線の鳥観図を作り上げた。「1枚の絵の中に地形を含んで全体が一望できる」と電力会社の人たちからは重宝されたという。
この電力図はその後、日本全国版へと広がり、「日本の火力発電所」と題した鳥観図が完成する。山や河川を縫って走る送電線が細かく書き込まれた労作だ。
日立市を描いた「ふるさとの海山」は現在、市教育委員会によって小、中学校の教材に利用されている。時代ごとの資料を基にして描かれた飯土井さんの鳥観図を見ると、日立市の戦前と戦後の移り変わりがよく分かる。
「昔の資料を集めるのは大変でしたけれど、たくさんの人たちから温かい援助をいただきました」と謙虚に話す飯土井さん。「わたしたちは過去の大きなもの、大切なものを失いながら今をつくり上げてきました。昔のことを消し去っていいわけがない」と、鳥観図には飯土井さんの思いが込められている。
鳥観図を描き始めた当初は妻にも「お父さんは子どもの面倒もろくに見ないで、役に立たない鳥観図に没頭する」と不評だったが、2人で一緒に旅した全国の場所を鳥観図にすると、妻も笑顔で喜んでくれたという。
そんな妻も昭和59年に他界。「せめてもの妻孝行に」と、「二人旅」と題した地図は今も仏前に置き、毎日の回向を欠かさない。
20畳ほどの飯土井さんの書斎には資料や書籍が所狭しと積み上げられている。「日立海防城図」「坂の地図」「佐渡の鉱山と能舞台」「名所」「日本さくら百選」など今まで描いた鳥観図は本人でも数え切れないほど。
平成11年5月には、伊能忠敬ウオーキング大会に参加し、道中の自然を描いた絵地図コンテストに作品を応募。見事、優秀賞を受賞した。11月には(社)日本善行会から郷土の自然を慈しみ保護活動に尽力した功績が認められ成人善行表彰を受けた。
現在は環境を守る日立市民会議、久慈川水系保存協議会、日立緑化審議会、成沢ふれあい会などたくさんの団体に所属し、積極的に地域ともかかわる。「自分だけの力など高が知れている。みんなの力を借りて元気を得るのです」と飯土井さんは笑顔で話す。
「鳥観図は自分史であり、自分の元気の源」と飯土井さん。「来年は傘寿でそろそろ集大成の時期。ラストスパートかな」。資料に埋もれた飯土井さんは楽しげに話す。