|
|
|
ニューヨークシティマラソンで母校の太田第一高校のユニホームを着て走る西野さん |
常陸太田市の西野義雄さん(75)は、2005年11月6日にアメリカで開催されたニューヨークシティマラソンの75〜79歳部門で見事1位に輝いた。タイムは4時間13分29秒。「残り5キロで両足にけいれんが起こり、予定より20分遅れて、はうような状態でゴールしたが1位になれて大変うれしい。ことしもぜひニューヨークシティマラソンに出場し、もう少し良いタイムで連覇を目指す」とやる気満々だ。
昨年のニューヨークシティマラソンは出場者37,597人で完走者は36,847人。75〜79歳の出場者は32人で、日本からこの部門に参加したのは西野さんを含め2人であった。「個人参加の場合は60歳以上の公認記録であるハーフマラソン1時間41分をクリアしないといけません。スタートからゴールまで途切れることのない応援は見事で、“Congratulations!”(おめでとう)と声を掛けてくれる気さくさに心休まる思いがしました」
今まで、海外ではホノルルマラソンに4回、ボストンマラソンに1回、ニューヨークシティマラソンに2回出場した。主な成績は70歳でホノルルマラソン3位、71歳でニューヨークシティマラソン3位、ボストンマラソン6位、そして今回75歳でニューヨークシティマラソン1位である。
日本では勝田マラソンの10キロに40歳のころから参加し、54歳からはフルマラソンに毎年出場している。今までの自己最高タイムは、54歳の時に勝田マラソンで記録した3時間13分。昨年12月には栃木県の大会で3時間50分58秒を記録した。
「無理に勝とうというのではなく、マラソンを楽しんでいます」と話す西野さん。妻の美代子さんは「ゴールするといつもくたくたに疲れていて苦しそう。マラソンをこれでやめるのかなと思うが、また走る。女の人の出産と一緒かしら」とにこり。
西野さんは中学、高校、大学と陸上部に所属。大学卒業後は岩手県の私立松尾鉱山高校(定時制)に英語と体育の教師として赴任し、スキー部の監督となった。それまでスキー板の履き方さえ知らなかった西野さんだが、持ち前のやる気で5年目にスキー部をインターハイで総合優勝させ、部員にはオリンピックに出場した選手もいた。
28歳の時、出身校である常陸太田市の茨城県立太田第一高校の英語教師となり、スキーのトレーニングとして長距離走を始めた。
その後、太田第一高校に24年間勤務。校長も歴任し、66歳で退職。現在は太田第一高校同窓会事務局長を務めている。今回のニューヨークシティマラソンには、妻と息子が同行し、ニューヨーク在住の太田第一高校の同窓生やアメリカ人の友人も駆け付けた。国内の大会では娘も含め家族総出で応援してくれるという。
西野さんは毎朝、自宅周辺を往復4キロ歩いて柔軟体操し、夕方には12〜13キロをジョギング、そして土日はひたちなか市まで30〜35キロを走るという。年間走破距離は4000キロにも及び、今までに地球を6周に当たる24万キロを走ったそうだ。
「定年後は目標を持って1日1日を大切に過ごした方がよい。家に居てテレビを見ていては早く年を取る。趣味を持つなど、何かのグループに所属した方がよいですよ」と西野さんは同年代の定年世代にエールを送っている。