「バレエ一筋で、50年間は短かった」と振り返る石井正人さん・昭子さん夫妻
 「教え子らの舞台の幕が下り、喝采(かっさい)を浴びた時ほどうれしいことはありません」─四日市市堀木で石井アカデミー・ド・バレエを主宰する石井正人さん(79)・昭子さん夫妻は、年に1度のこの感激を50回も体験してきた。昨年には、地元の四日市交響楽団の演奏による「くるみ割り人形」全幕を発表し、長年の夢も果たした。
 11月21日に行われた第50回の発表会のときも、夫妻はいつものようにフィナーレに舞台へ呼ばれ、花を贈られた。初舞台の4歳児から、20年余りも続ける生徒や賛助出演者まで、約80人への拍手が今度は自分たちへと向けられ、晴れがましさと共に指導者冥利(みょうり)に尽きる喜びを感じた。
 正人さんは8年前に心臓発作で倒れてから、振り付けなど直接のレッスンは後継者である長男の亨さん(44)・亜希子さん夫妻に任せ、自身は編曲などの裏方に回ったが、妻の昭子さんは現在も幼児や小学生の初心者クラスの指導を続けている。
 正人さんがバレエを始めたのは27歳の時。召集を受けて茨城県で終戦を迎え、一時農場経営に携わったが失敗。京都でバレエ教室(石井アカデミー・ド・バレエ)を開いていた叔母の下で初歩から訓練を始めた。名古屋や四日市へ出張指導をするうち、勧める人がいて1953(昭和28)年に四日市教室を開設し、住み着いた。
 55年に京都の教室の応援を受け、「白鳥の湖」で最初の発表会を成功させた。大阪の教室でレッスンを受けていた昭子さんとは56年に結婚、バレエ指導の二人三脚が始まった。伊勢湾台風があった59年は翌春に延期したが、それ以外は毎秋発表会を開いてきた。
 この半世紀、夫妻がバレエを教えた生徒はおよそ2000人を超える。なかには親子孫3代の教え子もいる。現在、四日市市内に4カ所、津市・鈴鹿市にそれぞれ1カ所、けいこ場を持っており、教え子が独自に開いている教室もいくつかある。
 食糧事情さえ悪く、子どもに習い事をさせる家庭も限られていた時代からの活動で、バレエ文化の底辺拡大に尽くしてきた。その功績が評価され、2000年には正人さんに、四日市市文化功労者賞が贈られた。
 正人さんは「ほかのことを考える余裕がなく、この道だけを一生懸命やってきて、苦労と思ったことは一度もありません。創作の過程での苦しみは、完成して幕が下りた時の喜びで報われます。生のオーケストラで全幕もののバレエを演じるという、積年の夢もかないました」と、半世紀を振り返った。
 亨さんも生徒の1人だったし、商社マンになった二男も大学生まではバレエを習っていた。夫妻には女の子がなかったので、女生徒たちをまるで自分の娘のようにかわいがって教え、生徒たちもよく慕い、よくこたえた。
 「これまで本当によい生徒に恵まれました。親御さんの理解と協力があり、教室内はいつも和やかな雰囲気でうれしく思います。バレエは地方ではダメだといわれてきましたが、今は決して都会に負けていません」と昭子さん。夫妻は早くも、次の開幕へ向けて歩み出している。