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「根付には絵心、遊び心が大事だよ」
と話す河瀬さん
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130年前の文明開化、それは「伊勢根付」衰退劇の幕開けでもあった。河瀬欽水さん−数少なくなった伊勢根付彫刻師の一人だ。大正15年生まれ、彫刻刀を手にしてから60年。傘寿間近でなお、朝熊ツゲを手に細密な作品を彫り続けている。河瀬さんは「伊勢根付の命は、本質を突きながらも遊び心を持つ、細やかな彫りにある」と語った。
じっくり観察しイメージを形に
河瀬さんの作品作りはまず、完成時の3倍程度の大きさ、15cmぐらいの模型を紙粘土で作ることから始まる。「50,60歳になってから、根付を始めたいと言ってくる人がいるが、ほとんどの人は挫折する。なぜか?完成したときの形をイメージできないし、しようともしないからだ」という。誰しも一刻でも早く彫りたいもの。しかし、「いきなり彫り始めてうまくできるはずがない。基(模型)を作ることで、完成時の形を頭の中にたたき込み、手がそれに沿って動いていかんとな。今、そんな我慢のできる人はおらん」
若い時、兵隊にとられて九州の知覧にいた。終戦でそこから引き上げた時、近所の老人に根付を見せてもらった。それが根付との付き合いの始まりだった、と振り返る。以来、先達の作品を徹底的に研究し、試行錯誤を繰り返してきた。「若い時から物を作るのが好きやった。絵を描くのも好んでいた。じっくり観察することは、極めて大事なこと」。これが根付の腕を上げる基本条件だった。
明治以前、とりわけ庶民の文化が熟成していった江戸時代、印籠(いんろう)やたばこ入れなどの小物が帯から落ちないように留めた根付は、次第に装飾性を高めていく。材質・彫りがマニアックになっていくのは今でも同じだろう。伊勢では、木目が細かく、時間の経過とともにつやの増す高級な厚木・ツゲに恵まれた。そして、全国から押しかけた伊勢詣での人々が、鋭い目で根付の品定めもした。今も残る先人の秀作は、厳しい評価に耐えてきた。
「根付は根付。今は“細かいものなら根付”という風潮もあるが、それはおかしい。手のひらの中で握れる丸い物でなければ−と、それにこだわるんや」
型を作って木に向かい、完成まで50日はかかるという。「まだ眼も腕も老化していない。根気もある。絵心も衰えていない。だから彫り続けられる」と河瀬さんは元気に話す。
彫るだけが人生ではないと、河瀬さんの遊び心は絵や版画にも向かう。年賀状版画コンクールの入賞作や、伊勢の風景を描いたスケッチなどが工房にさりげなく置いてある。その手前には、ナマズを押さえ込んだカニの根付が。−題して「お静カニ」。
また、「一寸法師」と題された根付は、鬼が握り締めた手のひらの中から、ごま粒のような一寸法師がにらみつけている。もちろん、一寸法師には目も鼻も口もある。さらに、竜のような動物がとぐろを巻いて缶ビールを両手(足?)で持ち、うまそうに飲む根付も。缶にはもちろん、プルトップの穴もある。−題して「麒麟」。いずれもゴルフボールほどの大きさだ。
「時代を表すものがなければ面白くない。名工のコピーより、じっくり彫って、見る人がびっくりするものを作りたい」
いつまでも若い気分でなければ言えない、河瀬さんの言葉であった。
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