|
|
「古里が荒らされる」と強い危機感を覚えたと久穂さん
|
山菜採りが楽しくなるころ、美杉村の久穂正夫さん(70)宅では岩ヒバが次第にその存在を主張し始める。冬場は堅く閉じていた岩ヒバが次第に目覚め、住宅は緑に囲まれ、その色合いは日増しに濃くなっていく。庭はもちろん、斜面の擁壁、石垣も緑で覆われていく。300鉢、2000株はあるだろう、という。澄んだ美杉の空のもとで、岩ヒバが生きる喜びをおう歌していく。
久穂さんが岩ヒバを意識したのは30年ほど前だ。まったく見知らぬ人が、美杉の山に入ってきて岩ヒバをむしりとって行く様子を連日のように見せ付けられた。「古里が荒らされる」と思うと同時に「何が魅力かよく分からなかったが、黙っていてはいかん、という思いが強かったのだろうな」。当時を振り返って久穂さんは思う。気が付いたら、見慣れた岩ヒバが無くなっていた。「身近であったものが、消えていく。何とか地元で保存しなければ忘れられてしまう」と危機感が採取に駆り立てた。
「この辺の山は自分の庭のようなもの。しかし、姿を消した岩ヒバ探しは難しかった」と言うのは今も変わらない。林道沿いには見当たらない。次第に山奥へと足を進め、岩場をよじ登り、時には木と体にロープを結び着け、がけを慎重に下りて採取せざるを得なくなっていった。しかし、岩盤にしがみ付くように生える座卓ほどもある岩ヒバを採取したときの喜びは大きかった。
大切な美杉村の自然
「それは慎重に岩を掘り起こし、岩肌から落下させないよう細心の注意を払って2日かけ、家まで運んだ」。これほど大きいものでなくても、岩の割れ目にしっかり根を張って生きている岩ヒバを採取するのは難しい。「硬い岩だろう。山芋掘りと同じで、真っすぐ掘っていいというもんじゃない。経験と工夫の積み重ねだ」。話を聞き付け、分けてほしい、といってくる人もいるが、絶対渡さない。
「金には換えられないよ。何より、美杉のものは美杉でしか育たない。かわいがり過ぎても、放置しても育たないのが岩ヒバなのだ」。孫以上にかわいい、と言いたげだ。収集目的ではないから、久穂さんが足を運ぶのは日帰り可能な古里の山だけだ。
手元にきた株は大切に世話をする。水、日照、通風、除草と終日気に掛ける。「シダの仲間だろう。手を掛け過ぎるのはよくない。しかし、まったく放ったらかしもいけない。手入れの時期を見極めるのが難しい」
しかし家を空ける暇は無い、という毎日だ。楽しみは岩ヒバの成長だけではない。この株にまつわりついていたウチョウラン、サギソウ、ヒメユリなどの野草がいつしか発芽、成長して美しい花を咲かせる。思わぬプレゼントに思わず笑みがこぼれることもある、という。
今、それを可能な限り、関心のある人には観てもらっている。「ここには、こんな素晴らしいものがある。美杉村、自然に関心を持つきっかけになってくれればうれしいよ」と話す。
|