教師として1日50人の生徒に声を掛けるのがノルマと、若生監督
東北高校硬式野球部 若生正廣監督(53)
 十月中旬、青森市で開かれた秋季東北高校野球大会。夏の甲子園大会で準優勝した監督の目に、このチームは強くなったと、映った。メンバーから三年生は抜けたものの、エースのダルビッシュや主砲の横田らはそのまま。
 「グラウンドの子どもたちはね、ちゃんと自分のやる事を分かってるんだよ」。
 順当に勝ち上がって、準決勝はコールド勝ち、十四日の決勝戦でも東海大山形を3対1で下し、二年連続15回目の栄冠を手中に収めた。終始、先手を打ちながらの余裕のゲーム運びといえた。エースは準決勝、決勝を通 して被安打2。決勝で2本のタイムリーヒットを放った加藤信吾はまだ一年生だ。
 監督、コーチとして高校野球の現場に立って十七年、その中で最も可能性に満ちたチームに成長した。同大会の優勝で、来春の甲子園で開かれる選抜大会出場はほぼ確実。全国制覇に「再び挑む」と強気な言葉も飛び出す。
 だが、彼がここまで来るには曲折の道のりだった。
解任、再任、全国へ挑む
 平成七年八月、同部監督を解任されたことがある。四十一歳の時だ。三年間のコーチ経験を経て、母校の監督に就いたが、夏の甲子園大会出場を懸けた県予選3回戦で敗退した。
 甲子園の切符を懸けて、ライバル育英高校と競い合うのが、いつからか当然視され、長い間、二強時代を築いてきた。甲子園出場回数は県下一、東北屈指の名門校である。この敗戦で、監督の手腕を問う声が上がった。前年の夏の県予選も準決勝止まりだった。
 若生自らが書いた「全成績」の一覧に、日にちが入っている項目が二つだけある。一つは解任の日。八月十七日。もう一つは監督復帰の日。同九年一月十一日。
 監督を退いていた約一年半はゴルフ部の部長だった。「楽しかったよ。ゴルフは大好きだったしさ。野球部のこと?練習も見なかったし、球場にも行かなかったね」。
 三十六歳で会社員を辞め、高校野球の指導者になることを決意、赴いたのが埼玉 県の埼玉栄高校。
 三年で県下の強豪に引き上げた後、コーチから満を持して、のはずだった…。
 「もう、ない」と思っていた再任。しかし、東北高校はその後も輝きを取り戻せない年月が続いた。同十四年までは選抜へは三回出たが、夏は予選落ち。「夏に弱い若生」の風評が付きまとった。監督就任前の同六年夏から通 算すると、同校は連続九年、夏を逃し続けた。一方で、育英の球児たちは甲子園ではつらつとプレーし、仙台高校や仙台西高校の公立高校勢も甲子園初出場を果 たした。東北高校のちょう落は年を追うごとに影を濃くした。
 この間のことを若生は多く語らない。長い低迷にはそれなりのことがあったはずだ。だが、彼はひと言「常勝東北はつらい」と苦笑するだけ。名門校に善戦の賛辞は当てはまらない。優勝か否か、二つに一つだ。
 名門復活の手始めにまず、自身を変えた。選手の尻をたたくのをやめ、ある程度やりたいようにさせた。それまでは練習、練習。野太いだみ声は、グラウンドでつぶれたものだ。「例えばカーブを打てない選手には、目の前でこう打つんだ」と苦もなく快打して見せた。西多賀中学、高校とエースで四番でキャプテン。その後も法政大学、社会人野球で活躍した球歴の持ち主の打球は、ときにはフェンスオーバーする。「すかっとした。でも、監督がすかっとしたって、しょうがないんだと気付いた」。野球のガキ大将はやめた。
 直接の指導はコーチに任せて、一歩引いてチームを眺めると、選手のポジションが気になった。せっかくの素質を持ちながら守備位 置が重なり合って、試合に出られない選手もいた。「コンバートが監督の仕事かなって」。今のチームでいえば、サードの横田は打撃の良さと強肩を見込んで、入部当初の投手から転向させた。
 選手をしかるのもいつの間にかやめた。今の子どもは親にしかられずに育てられてきたと思う。強い口調で話すと萎縮する。静かに訳を話す。家でも二人の娘に声を荒らげた記憶は少ない。
 部員が日常も過ごす、野球部の寮の職員にこっそり聞かされた。寮生たちの風呂は後輩から、だと。ユニホームやアンダーシャツも自分のものは自分で洗う。部員が自主的に決めたようだった。自分が選手のころは考えられなかった。チームの雰囲気が確実に変わってきたのを肌で知った。
 秋季大会は正直なところ、相手に歯ごたえが感じられなかった。育英の不出場が寂しい。ライバルの戦績はこのところ良くない。一昨年までの自分たちのようだ。盛り返して欲しいと思う。切磋琢磨(せっさたくま)して、宮城のレベルを上げていく相手は育英を置いてほかになし、と認めている。同校の佐々木監督は東北高校の後輩だし、指導力も宿敵にふさわしい。会えば先輩に礼を尽くしてあいさつしてくれる。
 「自分が今の佐々木監督の立場だったら同じようにできるか。目を伏せてしまうような気がする。偉いね、あいつは」。
 平成五年の監督就任以来、「優勝」の上に「準」の一字が付くことが多い。夏の県予選、秋の東北大会の決勝戦での戦績は3勝5敗。しかし、何といっても今年夏の甲子園の結果 に「準」の字はいらなかった。だから、来年こそ。
 「駒はそろった」。このチームなら勝負になる。