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仕事と委員長が両立できるのも時間のやりくりがつく自営業だから
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●光のページェント実行委員長 星 正行さん(43)
冬の日が足早に落ちた十二月十二日午後五時三十分。点灯式にどっと詰め掛けた人々のざわめきがやむ。カウントダウンの唱和が始まる。3、2、1。「ウォー」と一斉に上がる歓声。定禅寺通
りのケヤキ並木が光の海と化した。
実行委員会委員長の星正行(四三)は、その瞬間を点灯ボタンに手を掛けながら迎えた。ことしで三度目の大任である。「わくわくします。たぶん誰よりも」。資金集めに駆けずり回った日々、こまごまとした打ち合わせ・・・。一年間の苦労がどこかに吹っ飛ぶ快感がつま先から頭のてっぺんへ突き抜ける。
「実はね」と星はこの何日か前、いたずらっぽく笑った。「ほかの役員のボタンはダミーなんですよ」。
えっ?
点灯ボタンは八つ。県知事、仙台市長らが同時に押すが、電源につながっているのは端っこの実行委員長のボタンだけ。彼の指が青葉通
りと定禅寺通りの冬枯れたケヤキに光の華を大みそかまで咲かせる。祭典のためボランティアに励んだ実行委員たちへのご褒美かもしれない。
「2003 SENDAI光のページェント」は五月の青葉まつり、八月の七夕とともに仙台の三大祭りの一つ。
七夕が終わると「次はおれたちだな」と星の身が引き締まる。光のページェントは昭和六十一年に始まって十八回目。すっかり師走の風物詩となったが、ことしもまた、舞台裏は厳しい。資金難に陥りそうだ。
平成八年の第十一回目を境に「赤字」状態が続く。光のページェントは企業の協賛金と市の補助金、それに市民のカンパによって開催しているが、祭りの準備と資金集めが同時進行の運営。最終日の消灯のその時まで市民へのカンパを呼び掛けている。
光の華となる豆電球は昨年は六十万個だったが、ことしは五十三万個に減らし、百七十本のケヤキにつるした。
赤字幅縮小のためには、仕方ない措置だった。
中心街の集客策の一つとして始まったページェントの実行委員会のメンバーは当初、仙台の目抜き通
りの商店主が大半を占めていた。
顔ぶれが変わり始めたのはいつごろからだったろうか。徐々に入れ代わり、今では市内の全域で店や会社を営む男たちやサラリーマンがその中核を成す。星も兄と労務管理の事務所を開いている。社会保険や労災保険の代行が日常だ。
実行委員のメンバーが変わりつつあるのは、商店主たちが年老いたこともある。だが、それ以上に多くの古参の委員が店をたたんで、郊外へ越してしまったことの方が、変化を促したように思える。近年、一番丁や中央通
りの老舗が、大資本の店舗に取って代わられた話はもう珍しくはない。
「子供のころ、おふくろに駄々をこねて買ってもらったお菓子の店がいつの間にかファストフードのチェーン店に変わっていたり、学生時代コーヒー一杯で何時間も粘った喫茶店がセルフ方式のコーヒーショップに衣替えしていたり。味気ないですね」。
仙台固有の風景が少しずつ姿を消し、東京のどこかの一画と相似形になりつつある。
しかし、ページェントの先行きをそう案じてはいない。企業の協賛金は目に見えて減っているが、市民のカンパが心強い。昨年で四百万円。募金箱に入るお金の単位
は六、七年前から小さくなったものの、その人数は年ごとに増えているように、街頭に立ちながら感じる。
全費用に占める市民のカンパ額がこんなに高いのは、全国の同じような催しに比べ際立っている。また、運営をボランティアが担っているのも、自分たちのところだけだ。
「さすが、光の祭典のさきがけ、だけのことはある」と自負している。彼は期間中、折を見て会場に行く。光のアーチを見上げる市民たちは、一様に穏やかな表情だ。明かりは人を和ませる。
年配の夫婦は、知り合ったころの自分たちを思い出すのか、肩を寄せ合っている。時代が商策から市民の祭りにした、と思う。
実行委員会に入ったのは三十一歳のときだった。仕事の取引先の社長で今も委員会のメンバーである、半澤郁男から誘われた。「君も仙台市民になったんだからこういうことも手伝ったほうがいい」。そのころ星は、妻の真理子と結婚して郷里の村田町から仙台市へ住居を移していた。
以来、企画、企業の協賛金集め、と委員会の主だった部門を歩き、三年前から委員長に。開催が近づくと、職場にも委員会の事務局からひっきりなしに電話が入って仕事にならないこともある。事務局には二日に一度顔を出す。夜は会合続きだ。真理子はあきれ顔だが、十歳の娘と七歳の息子は、「お父さんがたまに新聞やテレビに出るのでうれしい」とたわいない。
点灯!苦労吹っ飛ぶ快感
「祭りが好きなんです。小さいときから。委員長をほかに誰かやってくれないかなって、思わなくもないんです。でも委員会の仲間と会議の後一杯やりながら盛り上がるのが楽しい」と笑顔の絶えないのが印象的だった。
ところで、このところ、気になる問題が持ち上がっている。地下鉄東西線工事に伴う青葉通
りのケヤキ移植のことである。計画通りに進むと、青葉通りのケヤキの相当数が、工事期間中、市周辺の公園などに移植される。移されたケヤキが根付かずに枯死してしまわないか、と移植反対運動も顕著だ。ページェントの舞台も影響を受ける。
星の反応はクールだ。「木を見て森を見ず、ではだめ。要はケヤキ一本一本ではなく、都市景観としてのケヤキ並木を守ることが大切だ」。青葉通
りにはケヤキの並木がまだ多く残っている。
村田町の実家で職場でもある星労務管理事務所へ、星は上杉から毎日通
勤している。
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