福祉を事業化
テレビ電話で相談が入る。保険の支払いはどうしたらよいのか。画面の向こうから手話と不自由な声で問い掛けてくる。耳がよく聞こえない初老の男性からだ。相談を受けた社員が手話とゆっくりとした話し方で応える。それでも十分でないときは、ボードに書いて説明する。電話代わりの電子メールのやりとりではもどかしかった「会話」もこれなら大丈夫だ。相談者に笑顔がこぼれる−。
両者をつなぐのはそれぞれのカメラ付きパ
ソコンとインターネット。仙台市若林区のNTT東北病院とも提携し、来院した聴覚障害者の意向を病院側に取り次いでいる。また、昨年12月からは携帯電話会社の首都圏の店舗とつなぎ、聴覚障害者の電話購入や使い方を手話でアドバイスしている。
聴覚障害者との相談事業として終わらせるのではなく、障害者の輪に企業も巻き込んでの福祉ビジネスとして成立させるのが、「遠隔手話サポートサービス」をおととし夏に立ち上げたときからの狙いだった。そうでなければ、情報弱者である聴覚障害者の現状は良くならない。ボランティアの善意だけでは限界がある。より社会に広めるのが、ビジネスの成否を握る。事業としてはいまだ始動段階。手話通訳者が詰めるコールセンターは社内のこの1カ所だけだが、事業が拡大したら、「聴覚障害者ばかりでなく、耳の遠くなったお年寄りや寝たきりの人にも役立つはず」と三浦宏之(40)は確信している。
雇用の期待も
コールセンターが増えたら、例えば通訳者として手話のできる在宅主婦の雇用創出を促すこともできる。平成13年の宮城国体で活躍した多くの手話通訳者の大半は眠ったままだ。有望なベンチャービジネスの発掘を目指す仙台市の「仙台ビジネスグランプリ2003」の大賞受賞理由は「聴覚障害者の生活の質的向上に大きな意義があり、収支見通しも堅実」。それに合わせ雇用創出も期待されている。
聴覚障害者とのかかわりは偶然だった。約10年前、三浦は仙台市内でパーティーや結婚式の司会者をしていた。婚礼なら1000組の司会をこなした売れっ子で、仕事にはかなりの自信もあった。
あるとき、聴覚障害者同士のカップルの仕事が入ってきた。場を和ませるため、司会者は軽い冗談を交えながら、式を進行するが、その日は出席者の笑いを誘えない。笑わせようとすればするほどに式場の雰囲気がしらけてゆくのが分かる。
三浦は焦る。「そんなばかな!」。やがて気付いた。
出席者の多くは新郎新婦同様、三浦の声が聞こえない聴覚障害者だった。
この体験を契機に彼は聴覚障害者たちとの親交を深めるが「もし、自分が話で収入を得る仕事でなかったら、その場限りのものだったかもしれない」と振り返る。
付き合ってみると、聴覚障害者たちの日常は、不便なことだらけだ。社会の仕組みは、健常者の利便を考えて作られている。中でも、この情報化時代に電話が使えないことは、聴覚障害者を情報過疎の島しょに押し込めているに等しいようにみえる。
何とかならないか、と思っていたところに携帯電話のメール機能が現れた。強い味方ではあったが、やり取りに時間がかかるのが欠点。それでもセンターを経由せずに、電話器同士で送受信ができるPHS機を薦めたり、メール送受信が終わったことを電話機の震動で知らせる機能を付加できないか−などをNTTやDDIに提案した。震動機能は、現在の携帯電話のバイブレーター機能に生かされている。
その間、三浦は平成10年に「プラスヴォイス」社を設立。聴覚障害者の立場に立った、通信機器の販売や遠隔通訳サポート事業に乗り出す一方で、4500人の同社ユーザーが参加する「プラスヴォイス倶楽部」も組織した。現在、さきの通信会社それに端末機の製造メーカーも新機種開発の際などには三浦に情報を求めてくるようになった。
聴覚障害者の手助けをするのは「金もうけではなく、与えられた使命」と三浦は言う。事業を促進する上で、重要な節目が二度重なって「やはり、これは運命なのか」と苦笑する。だから、今度のテレビ電話活用の事業は成功させたい。全国ネットとなったら、聴覚障害者は国内のどこからでも、サポートを得られる。
ITを健常者並みに享受できるシステムも用意した。パソコンの購入からプロバイダーとの契約、機器の取り付け、故障した際の修理まで一括してサポートする。このシステムの価格が10万円余り。
聴覚障害者でもある社員の一人がかかってきたテレビ電話で相談者と話し合うのを見て事業の方向性が間違ってはいないと意を強くする。「第10回東北ニュービジネス大賞」の大賞もせんだって受賞したが「聴覚障害者の団体が大賞をプレゼントしてくれたらもっとうれしい」と本音がチラリ。家に帰れば小さな2児の父。同社はTEL022・723・1261