プロレスの番組が夜のゴールデンタイムで流れていたころ、小鹿信也(62)は多くの人たちに愛されていた。リングネーム「グレート小鹿」。小鹿はプロレスラーにしては優しすぎる姓なので、その前に「グレート」を張り付けた。
小気味のいい悪役ファイトが売りのバイ・プレーヤーだった。
ときには大悪玉アブドーラ・ザ・ブッチャーにさえ、無法の先手を打った。プロレス本場アメリカマット界で、悪役の日本人レスラーとして、大いに鳴らした小鹿は、試合開始のゴングが鳴る前、彼が小鹿に背を向けたすきを捕らえて、襲い掛かった。リング上で贈られた花束で殴りつけ、首を絞める。日本では希代の悪役ブッチャーの上前をはねるファイトだった。
そんな小鹿にテレビ桟敷の観客は「アレ、反則はいかんよ」といいながらも、やられる前にやってしまう彼に喝さいした。
外人レスラーの反則行為に堪忍袋の緒が切れ、レフェリーの制止を振り切り、鉄拳制裁を加えるというジャイアント馬場やアントニオ猪木とは明らかに違っていた。
脇役の気軽さからできたファイトだったが、当時の日本のプロレスラーに課せられた「忠臣蔵的ファイト」に違和感を覚えていたのも確かだった。
アメリカでやっていたころが一番良かったと自ら振り返る。そのころのプロレスの本場アメリカのマットで小鹿は輝いていた。63年23歳で大相撲からプロレスラーに転身した小鹿は67年、所属の団体日本プロレスで同僚の大熊元司とともに渡米した。2人で結成したタッグ「ライジングサンズ」はしたい放題の悪役チーム。さんざん暴れ回って、各州のタッグタイトルを獲得。大熊の帰国後は単身で各地を転戦し、人気の覆面レスラー、ミル・マスカラスからも王座を奪った。
74年再渡米、今度は全米でも人気の善玉テリー・ファンクを破ってウエスタン選手権を手中に。小鹿はトップクラスのヒールとなった。
同年帰国、全日本プロレスのリングに復帰。大熊と再び結成した「極道コンビ」は全日本の名物コンビとなったが、小鹿のファイトは、全米での彼を知るファンの目には精彩を欠くものに映った。アメリカで花開いた彼流のパフォーマンスは、いまひとつ日本型のプロレスとはかみ合わなかった。
プロレスの番組から小鹿の姿がいつの間にか消えた…。
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いま、彼は仙台にいる。普段は昨年11月に開いた「プロレスちゃんこ」の調理場に立つ日が多い。大相撲の出羽海部屋にいたころに覚えたちゃんこ料理を出す店だ。それに10年前、興した「大日本プロレス」の代表でもある。
二つの顔の順番は本当は逆かもしれない。なかなか黒字にもっていけないプロレス興行の赤字を店の売り上げで補おうと始めた店だからである。
リングを遠ざかってからの日々は、プロレスの興行を手掛ける機会が多い。全日本が自分の引退試合を開かなかったので、自分でプロモートした。53歳で再びマットを踏んだ。
いろいろなコスチュームでファイトし「コスプレ社長」と呼ばれ、大日のリングを盛り上げた。97年には新日本プロレスの東京ドーム大会で長州力と対戦、タキシード姿で闘った。3年前にもリングに上がったが、正真正銘これが最後?という。
大日本は擁するレスラーが12人の小さな集まりだ。2,3の大手を除けば、後は零細な興行団体が解散、結成を繰り返すいまのプロレス界では、よく善戦健闘している部類に入る。「過激なプロレス」に生き残りを賭け、流血は付きもの。最近では蛍光管を持ってのデスマッチまで演じている。
こんなふうだから、大日のレスラーのけがはしょっちゅう、当たりどころが悪かったら、そのまま好きなプロレスを辞めなければならないことさえあるだろう。店はリングを休んだり、上がれなくなったレスラーの受け皿でもある。
行末に冷たいマット界
スターと呼ばれ一時代を築いたレスラーさえ、引退後零落、行き倒れの例さえある。おしなべて元プロレスラーの第2の人生は恵まれない。峠をとうに過ぎたレスラーが時折リングに上がるのも、そうするしか暮らしの手だてがない、という側面もある。
レスラーが世間知らずのせいもある。しかし、エンターテインメントビジネスの世界でそれなりの地歩を固めた日本のプロレス界がレスラーの定年後にまったく関心を寄せない前近代性に、力道山の最後の弟子を自認する小鹿は憤る。
だから、せめて自分を慕ってきた所属のレスラーたちの第2の人生の面倒もみられたらと、コスプレ社長は考えている。「プロレスちゃんこ」がもっと大きく育ったら、のれん分けの道もある。
店のカウンターにダンボール紙でこしらえた箱が置いてある。マジックで「大日本プロレス・トラック基金」。巡業先の北海道でリングを積んでいたトラックが事故を起こし、つぶれてしまったので、新たな車を買うための募金箱だ。店の客が心付けを入れてゆく。いま、レンタカーでしのいでいるが、いつまでもそうしているわけにはいかない。先のことは先のこととして、当面はこのトラックを何とかすること。
小鹿流の年齢計算式によると、現代人の実際の歳は年齢の6掛け。ざっと数えてまだ40ちょっと。これからが働き盛りに差し掛かる。
同店は東仙台「ココス」そば。TEL022・225・7155