真剣な面 持ちで三味線を弾く清川さん
 「♪武蔵熊谷お蚕どころ〜」「♪おらが熊谷朝日ににおうアリャサ〜」。熊谷小唄という唄を知っているだろうか。昭和九年にビクターレコードから発売され、「熊谷おどり」と「熊谷ばやし」の二曲が吹き込まれているこの唄。作詞は西条八十、作曲が中山晋平、そして唄は小唄勝太郎と三島一声という当時でも有名な人々によって熊谷小唄は作られた。この唄を現代でも伝え学んでいこうと、熊谷市万平町の神主、清川忠幸さん(六八)は今年五月、熊谷小唄保存伝承者育成会を結成し、教室を開校した。

 きっかけは清川さんが今年の三月、市内で見かけた「熊谷市制施行七十周年」という文字。昭和八年、川越市に次いで県下二番目の「市」として誕生した熊谷市。今年がちょうど、熊谷市誕生七十周年に当たる。これを契機に自身の知っている唄を多くの人に学んでもらおうと思った清川さん。「本当にまったくの個人的な思い付き」で活動は始まった。
 早速、会発足の資料や原曲、それに生の歌声を吹き込んだテープを市役所に持参した。熊谷市でも今年は、「市制施行七十周年記念事業」と題し、さまざまなイベントを開催予定だった。
 そうした市との思惑が一致し、五月には市から七十周年記念行事の一つとして正式に認証された。

 清川さんが教室で教える小唄は本来の楽曲とは違い、三味線でアレンジされている。姉が三味線の先生だったこともあり、自身も三味線歴四十八年の大ベテラン。
 今回の教室開校に当たり、日本伝統芸能研究所に依頼し、新たに作製した三味線用の楽譜をテキストとして使う。
 七月下旬から始まった教室。この教室の本当の目的は熊谷小唄を覚えることではない。三味線による弾き語りで熊谷小唄を学び、後世に伝えていける人の育成を目標としている。だから生徒も十人限定。やる気があり、一生懸命取り組んでくれる人を対象としている。

 教室を開くに当たって用意した三味線は十さお。一さお十三万円になる新しい三味線は、すべて自費で用意した。「経済的な負担や苦労は確かに大きいが、社会のために役立つ、奉仕の精神を第一に考えてやっているよ」と語る清川さん。今年の教室は生徒募集を締め切ったが、来年以降も教室は続けていくという。

 清川さんは普段、長瀞・宝登山(ほどさん)神社で神主をしている。東京の大学卒業後、群馬県内にある銀行に入行。定年を十年後に控えたころ、「第二の人生」を考え今の仕事を選んだ。「私の定年時代はとても生きがいのあるものになっている」と語る清川さん。今は神主の仕事のほかにも熊谷小唄の活動と、忙しい日々が続く。