「映画に期待しています」
と小池さん

 秩父事件120年を記念して制作され、9日から県内で上映が始まる映画「草の乱」(神山征二郎監督)。岡部町櫛引の小池もとさん(84)は主演の緒形直人演じる井上伝蔵の直系の孫に当たる。「多くの人に事件の真相や肉親の叫びを知ってほしい」。映画の公開を心待ちにする。
 今から60年前、小池さんが24歳で嫁ぐ日の夜。「これから話すことは事件から100年たつまで決して他言してはいけない」−。母親の言葉に小池さんは耳を疑った。「わたしの父親、つまりおまえのおじいちゃんは秩父暴徒を起こし、死刑宣告された井上伝蔵なんだよ…」。小池さんの母・布伝(ふで)は井上伝蔵と妻古ま(こま)の長女だった。幼い時から自分の祖父が伝蔵ということは知っていたが、このとき初めて「伝蔵が秩父事件を起こした張本人」という事実を知らされた。
 井上伝蔵は秩父事件で数千人の農民が集まった秩父困民党の会計長を務め、事件を指揮した1人。事件後、欠席裁判で死刑宣告され、北海道の野付牛(現在の北見市)に逃亡。伊藤房次郎と名前を変えて生活し、1918年、死の直前に初めて自分の出自を明かした。
 「知らないほうが良かった。いやもっと知りたい。正直ふたつの気持ちが揺れ動いていた」。小池さんは複雑な表情で当時を振り返る。
 “伝蔵の子孫”という切り離せない現実は母親と小池さんを苦しめる。幼少のころ母親と一緒に秩父の街へ買い物に行くと、「おばさんたちは井上さんだよね」と数々の仕打ちを受けた。また学校や役所からも差別を受けたという。「何でうちだけこんなにいじわるされるのか。悔しい」。当時、事件の真相を知らない小池さんは幼心に母親がかわいそうで仕方なかった。「何も悪いことをしていない母親の哀れな生き方だけは絶対忘れない」。今でも思い出すたびに心が痛む。
 「歴史を曲げてもらっては困る」−。約束通り事件から100年たった1984年、小池さんは自分の身元を論文「一世紀の沈黙」で公表した。このころから事件の真相解明運動も盛んに。暴動から騒動へ、そして自由民権運動の中の農民闘争へと歴史上の評価も変わっていった。そしてことし3月、映画「草の乱」が完成。事件が忠実に再現された。「多くの人に知ってもらい、事件が風化しないように」とひたすら願う。
 小池さんが生まれた時、伝蔵は既に亡くなっていたという。「一度でいいからおじいちゃんに会いたかったな」。そう話す小池さんの目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。