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| 「体が動く限り泳ぎ続けたい」と関川さん(岩槻市東岩槻のニスポ岩槻で) |
個人の能力に合わせて25歳から5歳ごとに年齢を区切り競泳を楽しむ日本マスターズの大会で、背泳ぎの長・短水路併せて8つの世界記録(昨年末時点)と17の日本記録を保持している岩槻市岩槻の関川重久さん(71)。54歳から、さまざまな年代や距離のレースに挑戦し、これまでに日本記録80回、世界記録33回を更新した。退職した今なおトレーニングを続け、日本人初の100歳での世界記録保持者を目指す。
新潟県佐渡島生まれ。「佐渡にすごいやつが居る」─。「フジヤマのトビウオ」と称された古橋広之進選手(現・日本水泳連盟名誉会長)が会いに来た逸話を持つのは高校時代。インターハイで2位などを獲得し、将来を嘱望されて早稲田大学に進学。水泳部(稲泳会)に入部するが、2年生の時に不整脈を患い無念の退部。「ヘルシンキオリンピック出場を目指した」関川さんの水泳の青春時代は終わった。
卒業後、東京・日暮里にある船舶ポンプ製造販売業の会社に就職。24歳で結婚し、2人の子どもに恵まれ、35年前から岩槻市に住むようになった。30年来、遠ざかっていた水泳との再会は51歳の時。「ストレス発散に」と妻の芳美さん(71)に誘われ、会社帰りに自宅近くのプールへ通い始めた。
初めての公式戦出場はその3年後、54歳の時に神戸で開催された「全日本マスターズ」。体は長年離れていた水の感覚を忘れていない。背泳ぎの長水路50メートルと100メートルで、いきなり2冠を獲得。関川さんの眠っていた“水泳魂”に火が付いた。
以来、毎年マスターズの公認大会に出場を続けるように。56歳の時、背泳ぎの短水路(25メートル、50メートル、100メートル、200メートル)と長水路(50メートル、100メートル、200メートル)の全7種目で日本記録を更新。前人未到の記録ラッシュはここから続く。
フォームの改良を繰り返して臨んだ60歳の時には、短水路の50メートル(34秒53)、100メートル(1分16秒42)、200メートル(2分49秒48)の3種目で当時の世界記録を樹立。63歳で17歳の時に記録した自身のベストタイムまであと1秒に迫った。
“記録への挑戦”はなお続く。筋肉トレーニングや水中カメラでのフォーム研究を重ね、70歳の時、長・短水路7種目中、6種目で世界記録を更新。1メートル77センチ、69キロの体は衰えるどころか今もなお進化し続け、現在は8つの世界記録(昨年末時点)、17の日本記録を保持する。
関川さんの自宅には「数え切れないほど」のメダルが並ぶ。中でもひときわ思い入れのあるメダルは、昨年10月にふるさとの新潟で行われた「新潟県マスターズ水泳競技大会」で獲得したもの。このとき参加した200メートルメドレーでは、バタフライの創始者でヘルシンキ五輪競泳日本代表の長沢二郎氏(72)らとともに2分26秒99で当時の世界記録を樹立。「良い思い出になった」と、ふるさと凱旋(がいせん)に最高の手土産となった
来月は新潟で新記録に挑戦
会社取締役を67歳で退職してからは週に5回、近所のプールに通う。もはや水泳は健康づくりの域を越え、欠かせない人生の一部に。肩痛、腰痛、胃かいよう、高血圧と今も病院通いが続き、数々の記録への代償は大きいが「80歳までに世界記録50回、日本記録100回の更新」と意気込む。
「やはり注目しているのは北島康介選手」とアテネオリンピックでは若いスイマーたちの活躍を心待ちにする。次の試合は来月26日に再び故郷で開催される「新潟県マスターズ水泳大会」。オリンピックに負けない関川さんの熱い戦いが始まる。
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