「かつては上野公園にも数基の古墳があったが今はここだけ」と宮川さん(東京・上野の摺鉢山古墳で)

 学生時代から趣味で考古学を研究し、退職後は同志と結成した「古墳研究会」の代表を務める越谷市千間台の宮川進さん(65)。7年前には自身が訪れた県内70基のガイドブックを出版するほど大の古墳好き。「古墳は古代ロマンの塊」と宮川さんは太古の歴史物語に思いを寄せる。
 宮川さんが歴史に興味を持ったのは高校2年生の時。滋賀県近江八幡市の自宅近くを散歩中、偶然、道端で土器を拾った。「こんな田んぼ道にも土器が落ちているんだ」。持ち帰り、市の郷土研究会の人に鑑定してもらうと、それが鎌倉時代の寺院の瓦の一部と判明。当時、地元の新聞にも取り上げられたほどだ。
 大学卒業後、地元の信託銀行に就職。仕事の傍ら、土器集めや歴史研究を続けた。仕事の関係で全国を転々とすることが多かったが21年前から越谷に住むように。52歳で都市銀行に転職し、62歳まで仕事を続けた。
 「埼玉の歴史を詳しく知りたい」と行田市の「さきたま古墳群」を訪れたのは、今から18年前の47歳の時。「前方後円墳がこんなに密接している古墳群は全国でも数少ないのでは―」。目の前に広がる“古代ロマン”にたちまちのめり込んだ。
 その後は、仕事が休みになると1人で古墳を回る日々。ペン、カメラ、地図を手に「優に県内の2〜300基は回った」という。
 中でも標高850mにある秩父郡吉田町の「太田部古墳群」は忘れられない古墳のひとつ。JR新町駅からバスに乗り、バス停から険しい山道を2時間登った。すると直径5〜10mの円墳や全長13mの前方後円墳が目の前に。「よくぞこんな所に古墳を造ったものだ」。額の汗も忘れ、ただぼうぜんと古墳を眺めた。
 昨年10月からは首都圏に住む古墳仲間と「古墳研究会」を結成し、定期的にバスツアーを開催している。日帰りで群馬や栃木などに行き、1日10基以上回ることも多い。
 「三内丸山や吉野ケ里など大遺跡は別として、古代遺跡の場合はほとんどが発掘調査の後、埋め戻されて何もないことが多い。しかし古墳は消えることは少なく古代ロマンに浸ることができる絶好の場所」と宮川さん。樹木の葉が茂る夏場は活動を休止していたが、今月から活動を再開する。「ことしは新たに前方後方墳をもっと研究したい」。宮川さんの探究心は尽きない。