「日本にいると自分の家のように安心します」とコッソットさん=都内ホテルで
 イタリア・オペラ史上最高のメゾ・ソプラノといわれ、日本でも人気の高いフィオレンツァ・コッソットさんが、公演のため来日。先月の都内公演ではますます円熟した歌唱力に観客は陶酔し、スタンディング・オベーションでは拍手の嵐が鳴り止まなかった。マリア・カラス最後のオペラ舞台でも共演し、多くの名演奏を繰り広げてきた彼女に、華やかな歌手生活と人生について語ってもらった。

 「ブラボー!ブラボー!」先月十日に新宿の東京オペラシティコンサートホールで行われたコッソットさんのリサイタル。ヴェルディ作オペラ「アイーダ」の「死んでしまいそう」で締めると、全員総立ちで、会場には割れんばかりの歓声が渦巻いた。舞台上には熱演を終え、歓声にこたえるコッソットさん。「公演ではいつも、お客さんからたくさんのエネルギーをもらっています。精一杯歌うことでお返ししているのです」という言葉を思い出した。
 インタビューに訪れたのは、仙台公演を終えた後。あいさつすると、「スズキさん?『蝶々夫人』に出てくる人と同じね」と微笑んだ。「昨日の公演ではね、舞台上でイヤリングを二度も落としてしまって、踏みそうになったわ。お辞儀をするときにこうやって、さりげなく拾ったんだけど…」とその様子をジェスチャーで再現してくれた。舞台での激しさとは違って、明るく気さくだ。
 
 今月は東京で、「歌劇〈トロヴァトーレ〉全曲演奏会形式上演」で当たり役のアズチェーナを演じる。同作はジプシー老婆の憎しみ、復讐、愛を描いたヴェルディ中期の最高傑作。アズチェーナはとても激しい気性の持ち主で、この役を演じると体力・気力共に非常に消耗する大変な難役。コッソットさんは激しい気性の役を演じることに定評があり、数々の名舞台を踏んできた。現在六十八歳だが若い頃と同じ役を演じ続けられるのはなぜだろうか。「アズチェーナは執拗に復讐をしようとする激しい気性。若い頃は攻撃的に演じていたけど、経験を積んで全てが成熟した今は、役をもう少し掘り下げて母の愛など甘い味付けができるようになりました」
 しかし六十代を過ぎてから大きな試練に遭遇した。長年連れ添った歌手の夫、イヴォ・ヴィンコとの離婚だ。彼女はオペラ歌手として多忙な生活を送りつつも、プライベートでは家事もこなし、夫を支えていた。外見には”おしどり夫婦”だった。夫が離れていったことは大きなショックで、毎日抜け殻のように暮らしていたという。朝起きて気がつくと日が暮れている…三・四年ほど何も手に着かない生活が続き、音楽活動も休止した。
 だが音楽からは離れられなかった。「休んでいる間も音楽の勉強は続けていました」。ある時、「毎日悲しんでばかりいられない。歌うことで人を幸せにすることが自分の使命なのだ」と思い立った。自分には音楽があり、歌うことを望んでいる人たちがいる。そして試練を乗り越え、一昨年の来日公演で見事復活。”第二の歌手人生”をスタートさせた。現在は日本、ヨーロッパ・南米各国などで精力的に公演を送る日々。チャリティーコンサートも開いている。
 「”第二の人生”とは”第二の若さを取り戻す”ということです」と大きな瞳を輝かせながら語った。表情に哀しみの色は見えない。「苦しみ哀しみを経験することで、人生の味わい方が分かる。経験を重ねて、精神が成熟していくことは何事にも代えがたいものなのです」。彼女の円熟さも、人生経験からにじみ出たものが表現されているのだ。
 また、大の日本好き。リサイタルでは「荒城の月」「宵待草」を日本語で歌った。「経験を重ねることが人生を素敵にしてくれるということを、日本の若者にもわかってもらえれば嬉しいです」
 別れ際、「グラッツェ(ありがとう)」と握手した手が、ぽってりとして温かかった。