黒いタートルネックに、あかね色の大振りなストールが映えて=赤坂のホテルで
 「奥さまは魔女」「ドールハウス」(いずれもTBS系列)の二つのテレビドラマに出演中の女優・吉行和子さん。幅広い役柄をこなす一方、旅行や短歌、オペラと趣味も多彩だ。また、女優仲間の岸田今日子さんや冨士眞奈美さんと、ユーモアに富んだ掛け合いで私たちを楽しませてくれる。生来病弱だった吉行さんが、仕事に趣味に活動的でいられる秘けつ、デビュー当時の思い出や定年世代への思いを語ってもらった。
 立て続けにドラマに出演する一方で、バラエティー番組なども精力的にこなす女優の吉行和子さん。
 「女優になってからも、10年間は『この仕事は自分に向いていない』と思っていました」と意外な言葉。
 女優になったきっかけは中学3年生の時、母・あぐりさんと見に行った劇団民藝の「冒した者」。子供には難しい内容だった。しかし少女時代、病弱で本ばかり読んでいた吉行さんにとって、本の中に出てくるような世界が舞台上に広がっていて、衣装や装置が次々変わっていく様子がおもしろくて夢中になった。
 「こういう世界もあるのだと知って、初めてやりたいものが見つかったのです」
 体が弱いから女優は無理かもしれないが、裁縫が得意だった吉行さんは衣装係を志望。高校3年生の時に同劇団の試験を受けて合格した。
「アンネの日記」に巡り合う
 入団して間もなく転機が訪れた。上演する「アンネの日記」の主役・アンネを演じる女優が風邪をひいて声が出なくなってしまい、代役として研究所で一番若かった吉行さんが指名されたのだ。セリフは勉強のためと覚えさせられてはいたが、2時間出通しの舞台。初日まで時間がなく、初舞台という緊張感の中、動きを含めてマスターするのは難しいはず。
 「でも、なぜか当日はできました。とにかくこなさなきゃいけなかったので、緊張しているところではなかったのだと思います」
 舞台は評判になって、2年間のロングラン公演で全国を回った。「でもまだ女優になりたいとは思えなくて、毎日嫌でしょうがなくて、公演期間中、家を出る時『行ってきます』と一度も言えなかったみたいです」
 最後のセリフは今でも覚えている。ゲシュタポにつかまったアンネは言う。
 「本当にいやな世の中だけど 人間の心の中はいいものなんです」
 若かった吉行さんは「『いいもの』のはずがない」とセリフに対して批判的だった。
指揮者・岩城氏からの依頼
 数年前、オーケストラの演奏をバックに「アンネの日記」を朗読してほしいと指揮者の岩城宏之氏からの依頼があった。岩城氏はデビューのエピソードは知らなかった。吉行さんは「若い女優の方がいいのでは」と一度は断ったものの、岩城氏の気持ちは固かった。
 実はこの朗読はオードリー・ヘプバーンが亡くなる直前の仕事だった。かつて舞台「アンネの日記」の話を持ちかけられたオードリーは、ユダヤ人ではないが人種差別に悩んでいた過去から断った。しかし60代になってがんに侵されたことを知った彼女は、オーケストラをバックに日記を朗読するというチャリティー企画を持ちかけた。このことを知って吉行さんは引き受けることにした。
いま分かったセリフの意味
 女優を続けていたからこそ時を経て、また巡り合った「アンネの日記」。吉行さんは「最後のセリフの意味がようやく分かった気がします」と言う。「『人間の心はいいもの』と思わなければアンネはあのつらい状況の中でやっていけなかったんじゃないかと今は思うんです」
 アンネ役をいやいや演じていたころは、ここまで女優を続けるとは思わなかった。
 「でも『これしかないんだ』と決めたらやる性分なので、人と違うもの、私でなければやれないものをやろうとしてきました。女優の良さのひとつは、年を取ってもポジションがあるということです」
 女優に定年はない。
 「人生にも定年はありません。定年退職をして名刺に肩書がなくなると外に出たくなくなる人もいると聞きますが、肩書のない、なに者でもない自分と、責任を持って新しい人生を作ってほしい」
 現役の美容師である母のあぐりさんも、91歳を迎えてようやく暇ができてから、念願の海外旅行に一緒にいくようになった。
 一人旅をすることも多い吉行さん。旅、俳句、オペラと多趣味だ。「趣味はなかなかできないほうですよ。オペラや俳句はたまたま続いているだけ」
親友2人に誘われ句会へ
 俳句も以前は興味がなかった。長い付き合いになる岸田今日子さんと冨士眞奈美さんが出席している句会に誘われたのがきっかけ。始めてみると、たくさんの思いを17文字に表現する、制約の中のおもしろさを知り、夢中になった。句会では、名前を伏せて俳句の投票を行っている。始めのうちは何度もビリになった。「めげずに出てきてえらいわね」と岸田さんと冨士さんから励ましの言葉も。
 「恥ずかしいという気持ちを取り除くことが長続きの秘けつですね。定年世代の方々には頭を柔らかくして新しいものにチャレンジしてほしいです」
 「健康法も自分に合ったものを長く続けています」。18種類の薬草がブレンドされた宝寿茶は、おいしく、作り方も簡単で20年間飲み続けている。「悩み事があってもくよくよしないで忘れます。楽天的です」。多忙のなか、約束の時間を超えて、「定年世代」への思いを語ってくれた。