「高齢者は小学校時代に習った歌を今もしっかり覚えています。このことを大切にしたい」と話す志村さん
高齢者の慰労に役立つ
 戦後歌われなくなった歌曲に式典歌がある。「一月一日」「紀元節」「天長節」「明治節」の祭日は4大節として呼ばれていた。敗戦とともに祝日法改定で歌曲は歌われなくなり、懐メロにも登場しなくなった。中野区で音楽教材会社を営む志村建世さん(70)は、童謡・唱歌とともに式典歌のCDを制作した。これら歌曲を老人ホームで紹介すると、だれもが覚えていて歌い出す。戦後60年老人たちの心の中に温存されていたのだ。これらの歌曲を高齢者に聞いてもらえば、懐かしい思い出とともに心の癒やしとなるのではないかという。
 小学校(当時は国民学校)では、祝日は式典だけで、授業はなく紅白まんじゅうをもらって帰るのが楽しみだったという思い出を持っている高齢者たちは多い。
 式典歌は次のようなものだ。
 ♪「一月一日」千家尊福作詞・上真行作曲
《年のはじめの ためしとて》明治26年公布
 ♪「紀元節」高崎正風作詞・伊沢修二作曲
 《雲にそびゆる 高千穂の》明治21年制定
 ♪「天長節」黒川真頼作詞・奥好義作曲
 《きょうのよき日は おおきみの》明治26年制定
 ♪「明治節」堀沢周安作詞・杉江秀作曲
 《アジアの東 日いづるところ》昭和3年制定
 ♪「紀元二千六百年」増田好生作詞・森義八郎作曲
 《金鵄輝く 日本の》
 昭和15年公募選定歌
 これらの「封印された歌」は小学校時代に教えられたもの。しかし今でも70歳を過ぎた人たちの脳裏に深く刻み込まれており、メロディーを聞いただけで懐かしさを感じて歌詞がすらすらと頭に浮かんでくる。
「海行かば」当初は国民歌謡
 志村さんは、そうしたことを中野区内の老人ホームで体験した。75歳の女性は曲を聞くとすらすらと歌い出し見事に最後まで歌い終えた。そして、昔話をはしゃぐように話し喜々としていたという。当初、志村さんは歌集「日本の歌」を持って老人ホームを訪れて、昔小学校で習った歌を歌ってもらうつもりだった。多くの人は楽譜が読めないからメロディーを聞かせた。そのうち、式典歌を出すと「知ってる、知ってる」と歌い出す人たちが意外に多いのに驚いた。場内の雰囲気は非常に明るく和やかだった。ただ、老人ホーム所長や指導員らは年齢が若く、これらの歌は全く知らない世代。みんなで次々歌い出すと「軍歌はやめてください」と止められた。必ずしも軍歌といえない歌曲。個々の人たちには心の中に懐かしい思い出として残っているが、懐かしいからといって20〜30人で大合唱することができる世間の状況にはまだない。戦時中に身内に戦死者がいたり、戦前の悲惨な悪いイメージを引きずっているからかもしれない。
 ともあれ、童謡唱歌だけでなく、これらの式典歌は70歳すぎの人たちなら誰もが知っている。それが封印されたままになっている。
 さらに志村さんは日本語の5・7調で歌う歌で日本を代表する歌曲はないだろうかと考えた。音楽関係者の意見が一致するのが「海行かば」=大伴家持作詞、信時潔作曲。名曲中の名曲だが、軍人の葬送歌として歌われたので暗いイメージが強く軍歌と思い込んでいる人たちも多い。しかし、元は昭和12年に公募された国民歌謡だった。国歌論争は尽きないが、試みに「君が代」の歌詞を載せてみれば、5・7を3回繰り返すから1行不足する。そこでつぎのように歌詞を提案した。
 わが国は 千代に八千代に
君が代は 千代に八千代に
さざれ石の いわおとなりて
苔のむすまで
 音数、イントネーションも整合した完成度の高い歌になる。
 「『海ゆかば』の曲にあわせて歌ってみてください。わが国を最初に出すことで、君が代を素直に歌う気持ちになれるのではありませんか。たとえば、オリンピックのような場面でも、この歌ならみんなが大きな声で唱和して、国際的にも高い評価を受けることでしょう」という。
 CDを製作した志村さんは「75歳以上の高齢者と会話するときに、きっと役に立つ。若い介護担当者の教材にもなるでしょう」と制作意図を語った。
 CD「よみがえる歌式典歌・軍歌編全29曲」歌詞と詳細な解説付き2000円(送料240円)。
 問い合わせ先Nikk(にっく)映像(株) TEL03・3386・1311