「小熊秀雄はあこがれの詩人でもあっただけに、この受賞はうれしいです」と語る黒羽英二さん=神奈川県藤沢市のホテルで
 「現代詩はいわば、言葉と様式の《発明・発見》ですよ。新しいこと、奇抜な表現が斬新な印象を受け、次第に定着して当たり前の表現になって落ち着く。そしてそれをなぞる詩人がたくさん出てくる」。H氏賞と並び現代詩の最高峰とされる小熊秀雄賞(第37回)を5月に受賞したばかりの詩人、黒羽英二さん(72)が現代詩の面白さや魅力などを語った。
 受賞作品は詩集「須臾(しゅゆ)の間に」(詩画工房)。表題は「しばしの間」という意味。かつては頻繁に使われたが、いまはほとんど使われることはない。
 同詩集は「須臾―時は過ぎ行く」「二度とアイヌを発見しないで下さい」など29編で構成されている。黒羽さんの豊かな歴史知識を存分に生かした内容で、現代文明への批判や戦争、虐殺への怒りなどを表現している。
 同賞には全国の22歳〜93歳までの幅広い年齢層から76点の応募があった。「今回は数字を多用したところがユニークと評価されたのでしょう。《終わりの始まり》ではアフガニスタンで使用されたデージーカッター爆弾の脅威を、死者数、破壊力など数字で表現しました」
 現代詩の表現について北原白秋「からたちの花」を例に説明する。
 「例えば、《からたちの花が咲いたよ》はよく知られている歌詞。今聞いても誰も変に思わないでしょう。しかし、『咲いたよ』の『よ』は相模弁で発表当時は大変な非難を受けた。もっとも実際の方言は『ぃよ』という感じですがね。北原白秋は神奈川県小田原市、三崎町に8年も住んでいたので『よ』を取り入れたのでしょう。『よ』は民衆の使う下品な言葉だと攻撃されたんです。今の時代では美しいとさえ思える言葉ですがね」
廃線跡で昔日を思う
 「こんなのもある。ワープロが出始めたころ、20年前になりますか、キーボードを打ち間違えると『たたたたたたたたたたたたた』と同じ文字が出てくる。こんなのは誰でも体験することで、さして面白いものでもない。しかし、これを詩として取り上げると斬新だったのでしょう。たちまちまねする者が出た。この詩人は今では大家ですが、ニューメディア時代の最初の発見・発明者でしょう」と黒羽さんは詩と斬新な発想について解説。
 また「『現代詩は題名で評価が半分くらい決まる』と言ったのは横光利一ですが、『横浜発琴座ゆき』とタイトルを付けた詩人がいる。いい題名だと思いますね」とも。
鉄道にロマンを
 黒羽さんは少年時代から大の鉄道ファン。その中でも鉄道廃線跡を訪ね歩くのが趣味だという。前作詩集に「鉄道廃線跡と」がある。この詩集も小熊賞候補に挙げられた。鉄道ファンというのは女性には少ないらしい。男性だけのロマンのようだ。この作品は女性批評家から冷笑されたそうだが、全国各地に消え行く路線を訪ね歩く姿は何ともロマンチックだ。
 秋田県の湯沢で廃線4日目に訪ねた駅舎。誰もいないホームに腰掛けていると、「もう電車は来ないよ」と地元のお年寄りが話し掛けてきた。路線バスに切り替えられ不便になったとこぼす村人の話。ときには自殺志願者と間違われたり、雪に足をとられて首まで雪中に埋まって危険な目にもあったこともある。
小熊賞受賞作「須臾の間に」
 枕木に使われた赤さびた犬くぎ、埋もれたレールに、どんな思いで人々はここを通過していったことか、遠い昔日に思いをはせる。最近は「廃虚ブーム」で取り残された鉄橋、トンネル、駅舎などを好んで撮影するカメラマンも増えたそうだ。
 かつて京浜急行横浜駅の隣に「平沼駅」があった。昭和20年5月29日の大空襲で被災した。ついこの間までホームの鉄骨を塗り替えて保存されていたものの今はない。黒羽さんの作品「今は亡き平沼駅のモニュメント」は少年時代に潮干狩りに行った思い出とオーバーラップしノスタルジックで美しい詩だ。「鉄道廃線跡と」は分かりやすく、しみじみと心に伝わる詩集だ。