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「ファンの応援が不思議と免疫力を上げてくれました」と大隅さん
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激しく鳴り響くドラム。ステージ上にはライトに照らされ、無我夢中に、しかし非常になめらかな動きでスティックを操るベテランジャズドラマー大隅寿男さん(60)の姿があった。実は大隅さんは約2年前、末期がんと診断された。しかし治療中もライブ活動を続け、病気を克服。このほど全快後第1弾となる新作アルバム「リジョイス」を発売した。全国20カ所を回る記念ライブ初日の5月20日、原宿「ブルージェイウェイ」でドラムをたたいた大隅さんの表情は、喜びに満ちあふれていた。
「気分や会う人で香水を使い分けています。今日の香水は『JAZZ』です」と落ち着いた口調で話す大隅さん。全国ツアーと、通常のライブハウスの仕事を並行して行うという多忙なスケジュールの合間でも、演奏中と同じく余裕を感じさせる雰囲気がある。先月23日に60歳を迎え、ジャズドラマーのなかでは、ベテランの域に入った。
大隅さんは1944年福井県生まれ。母親が旅館を経営していたが火事で焼け出され、中学生の時に東京・下井草で下宿屋を始める。そこで下宿をしていた学生がよくオーディオ機器でジャズの名盤を流していたのが、ジャズに触れたきっかけ。「今まで聞いたことのないファンキーなサウンドに引かれて、よく部屋に出入りしていました」。そして高校3年生の時に、ジャズドラマー、アート・ブレイキーの来日公演を聞いてジャズのとりこに。
ドラムを演奏し始めたのは、明治大学で軽音楽部に入ってから。それまで楽器も弾けず、楽譜もほとんど読めなかったが、「ドラムならたたけるだろう」と思って始めたという。部には、一つ先輩にミュージシャンの宇崎竜童がいた。「みんな熱心で、ジャズ喫茶ではコーヒー一杯で朝から晩まで入り浸り、ひたすらレコードを聞いて覚えていましたね」
そして大学を出るころに、あるバンドから声が掛かり、プロの道へ。それまではレコードをまねしてドラムをたたいていたが、ここでようやく楽譜の読み方を習った。それからはひたすらライブでの実地訓練が続く。
仕事が少ない時もあった。続けるかどうか迷った時、本場アメリカへ旅立った。そこで、この5月に他界したエルビン・ジョーンズら名の知れたプレーヤーたちが小さなライブハウスで地道に活動しているのを見て、日本でやり直す決意をする。
帰国後は各地のライブハウスで休みなく演奏する日々が続く。八城一夫や大野雄二、山本剛らのトリオにも参加し、78年には自らのトリオを結成。着実にファンを増やしていった。
「昔は悩みもありました。演奏中おしゃべりばかりしていたお客さんとけんかしたこともあります。でもキャリアを重ねてからは、自分の演奏を認めてくれる人もたくさんいるという自信から、気にならなくなりました」
演奏することに喜び
ところがおととし、悪性リンパ腫を患う。診断された時、すでにがんは末期まで進行していた。しかし担当医には「悪性度は低いから、慌てるな」と言われた。
治療期間中は不安でうつ状態になったという。抗がん剤の副作用で全身の毛がなくなり、爪も柔らかくなった。内臓機能の低下で体がむくんだ。「外からの痛みではなく、内側からこみ上げてくるような、叫び声をあげたくなるような苦しみでした」と大隅さんは振り返る。「つり革を触るのも、人と触れ合うのも嫌でした」。合併症を恐れ、必要以上に過敏になっていた。
その苦しみを和らげてくれたのがライブ。医師は治療中もライブ活動を続けるようにと勧めてくれた。「ソロを短くしたり、体と相談したりしながらステージに立ちました。ファンの応援が不思議と免疫力を上げてくれましたね」。医学では解明できない“特効薬”だ。
再発する可能性もあるが、「医師には『予防できない病気だから、くよくよしないで再発するまでやりたいように楽しく生きたほうがいい』と言われました」。事実を隠さず率直に進言する医師を信頼している。
治療後1年以上経ったが、経過は順調だ。「98歳の母親より先には死ぬことはできません。健康のために食品の種類を多くして、野菜をたくさん食べるようにしています。ヨーグルトは毎日食べますよ」。以前はヘビースモーカーだったが、今ではすっかりたばこ嫌いに。
プレーにも少し変化が出てきた。これまでは、ブラシやスティックを絶妙に使い、ドラムを派手に打ち鳴らすのではなく、控えめで安定した感があった。「意識的にそうしていたわけではないけれど、病気を乗り越えてふっきれたのか、今回のツアーでは初めて荒々しいプレーをしました」。ジャズと周りの人の応援に命を救われたともいえる大隅さん。
「いけるところまでいってみようと、基礎的な練習もし直しています。すると新しい音も出せるようになりました。今は演奏すること自体に喜びを感じていますし、今日を大事にしよう、周りの人に恩返しをしたいという気持ちです」
昔、占いをしている女性のファンに「若いころは苦労をするが、60歳を過ぎて最大運を迎える」と言われたという。それをずっと頼りにしていたという大隅さん。末期がんを克服したこれからの活躍がますます期待される。
【CD「リジョイス」】
ベテランベーシスト古野光昭と若手の金子健、人気ピアニスト石井彰とトリオを組み、ジャズのスタンダードナンバーを中心に、ボサノバのアントニオ・カルロス・ジョビンやスティービー・ワンダーの曲も収録。20歳のトランペッター、ドミニク・ファリナッチとも共演している。(M&Iカンパニー・2800円税込み)
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9月22日(水)文京シビックホールで「リジョイス」発売記念ライブを開催。TEL03・5453・8899