エベレスト山頂に立つ渡邉玉 枝さん(撮影・村口徳行氏)
女性最高齢記録 渡邉玉枝さん
 十三日は体育の日。登山でも始めてみませんかー。昨年世界最高峰のエベレスト登頂に成功し、女性の登頂最高齢記録を達成した渡邉玉 枝さん(六四)=山梨県河口湖町=は、エベレストやマッキンリーなど世界の山々を登った苦労や感動などをつづった本「63歳のエヴェレスト」をこのほど出版。スポーツの秋に合わせ「厳しさもあるが、美しい自然の中で運動できる素晴らしさ。何か始めようと思っている人にお勧めです」と山登りの魅力を話す。

 渡邉さんが本格的に登山を始めたのは、神奈川県庁に勤めていた二十八歳のとき。河口湖町の大自然の中で育った渡邉さんにとって、都会生活は知らず知らずのうちにストレスになっていたらしく、「無性に自然が恋しく」なった。そんな折、渡邉さんは同県庁山岳会が主催する長野県・上高地ハイキングに応募。それまで山歩きは訓練を積んだ人だけがするスポーツだと思い込んでいたが、経験のない自分にも歩けたことに感動した。以来、県庁山岳会に入会するほど病みつきに。
 初めての本格的な登山は同会のメンバーと行った冬の群馬県・谷川岳。いてつく雪山をほかのメンバーの迷惑にならないよう、無我夢中で登った。苦労した末に山頂から見た景色に圧倒された。「この世にこんな美しい世界があるとは」。谷川岳が長い登山歴の原点になった。
 それからは公務員の仕事と山登りが渡邉さんの人生の両輪に。仕事をきちんとこなし職場の理解を得るとともに質素な生活を心掛け、浮いた収入を登山に回す。そうして月二回のペースで山へ向かった。
 死を覚悟したこともある。昭和六十二年一月に長野県・前穂高岳に登ったときのこと。渡邉さんは仲間と二人で山の尾根を進んでいた。両側はがけで歩くことができる幅は二十〜三十センチほど。だんだん風が強くなり、危ないと思った瞬間、体がフワッと浮き、がけに転落。落ちていく数秒間に、いろいろな思いが走馬灯のように駆け巡り、まぶたに亡くなった両親の姿が浮かんだという。八メートルほど飛ばされたが、運良く急斜面 の岩と岩の間に挟まり助かった。
 「あの世から両親が『まだこっちに来るな』と言って助けてくれたんだと思います」と渡邉さん。
 国内の山に慣れてくると、海外にも関心が向く。昭和五十二年に北米の最高峰マッキンリーにチャレンジして以降、着実に世界の山を踏破していった。モンブラン、マッターホルン、キリマンジャロ、アコンカグア…。そして女性による最高齢登頂記録を更新した昨年のエベレスト。「自分の健康、山の天候、人との巡り合いと三つの運が重なった結果 」と振り返る。
 渡邉さんは環境省に委託され、国立公園などで観光客らにさまざまな助言をする「自然公園指導員」を務めており、登山者(特に中高年)に忠告する。「最近、山の遭難の七割くらいは中高年だといわれます。山登りに無理は禁物。食料、水、雨具は必ず持っていくこと。最初は簡単なコースから徐々にレベルアップしていく方がいいと思います」。
 今年、長年住んだ横浜市を離れ、故郷の河口湖町に新居を構えた。自然に囲まれて愛猫との“二人暮し”。「私の人生は山と結婚したようなもの」と河口湖畔の山々を見上げながらほほ笑む。