【はしもと・しずよ】
1957年東京大学理学部物理学科卒。34年東京大学宇宙航空研究所(現・文科省宇宙科学研究所)で修士課程修了と同時に助手に。67年から東海大学助教授、51年教授をへて平成7年に退職。現在、神奈川県科学技術会議企画委員などを務める。
「考える楽しさを、発見する喜びを、子どもたちに伝えていきたい」─。退職金を投じ、川崎市麻生区にミニ科学館を設立した「発見工房クリエイト」理事長で、東海大学名誉教授理学博士の橋本静代さん(74)が活動を語った。
豊かな自然が残る川崎市麻生区黒川の丘陵に、発見工房クリエイトのミニ科学館はある。1階に実験教室、2階に展示室や研究室などを設けた2階建て。「建物を建てたらもう退職金がなくなってしまってね。机やいすはすべて中古品なの」と橋本さんは軽やかに語る。
東海大学で物理学の教授を務めた橋本さんは、科学の不思議さと面白さを伝え、子どもたちの探究心を育てたいという情熱を在任中から抱いていた。「詰め込みの教育は速さだけが求められがちで、じっくりと考える時間を子どもたちから奪います。それじゃ理科が好きになれませんよね」
“未来の科学者”の夢を摘まないために、橋本さんは定年退職した1995年春、老後のためにと所有していた土地を切り開き、退職金を投じて建物を完成させた。しかし、その時点で退職金はゼロに。生徒の集め方も分からず、途方に暮れていたとき、意を同じくし活動を共にしていたサイエンスプロデューサーの後藤道夫さんから、「部屋さえあれば、実験は床に座ってでもできる。来月から始めよう」と打診された。
クラインの壺のアスレチック
なんとか中古の机といすをそろえ、迎えた12月。試験時期にもかかわらず、定員の2倍を越す中学生が集まった。市内はもちろん、横浜市や東京、千葉からも生徒が集まった。「『こんな教室を待っていた』という親が多いことを知り驚きましたが、励みにもなりました」と橋本さん。最初の実験教室は「牛乳パックでカメラを作り、作ったカメラで撮影・現像しよう」だった。
実験教室のテーブルには子どもたち自作の実験道具が所狭しと並んでいる。力作の「静電モーター」はコップとえんぴつ、画びょうだけ。「ここで使うのは台所用品やリサイクル品ばかりです」
机やイスは中古
大気圧とサイホンの実験
庭に並ぶオリジナルの科学遊具は橋本さんの夢だった。資金不足のため、助成金を受けながら一つ一つ増やしていった。振り子の共振現象を利用した「共振ブランコ」や地球の自転を実証したフーコーの振り子を利用した遊具など、楽しみながら科学を学べる。
99年にNPO法人となり、現在は小中学生を対象にした「おもしろ科学実験教室」や、高校生や成人を対象にした「科学対話」を行っている。
そして、行政との協働事業も進めている。昨年から市の予算300万円で、夏と冬に指導者養成研修会を行った。研修を終えた人らは現在、NPO法人化を目指しているという。「今、一番不足しているのは指導者。市内には定年退職した研究者や技術者、大学で専門分野を学んだ主婦が多く住んでいます。彼らがそれぞれの地域で、子どもたちの科学実験をどんどん指導していけるような環境作りを始めています」
科学館の展示物の充実も図っていきたいという橋本さんは、「60歳からの第3の人生は“奉仕”だった。これから第4の人生は“自分のために”ね」と笑顔で語った。