「『次また見せてください』と言われることがうれしい」と語る河崎さん
 還暦を機に、高齢者へ映画の出前サービスを行っている映画監督の河崎義祐さん(68)。上映するビデオと機材を車に積み、月に10回以上、老人ホームや集会、個人宅に出掛けて笑いや感動を届けている。映画への思いと高齢者とのエピソードを聞いた。
 映画の出前サービスを思い付いたのは河崎さんが還暦を迎えた日だった。ひとつは日本映画の黄金期を支えたファンへの感謝の気持ちから。そしてもうひとつは自分を育ててくれた親世代への畏敬(いけい)の念から。「戦後を支えた高齢者たちは今、言葉を失っています。『老人は口を開いちゃいけない』という現代の風潮を苦々しく思っていました」
 “映画の話をしましょう”。高齢者の多くが自分の青春を語り、話し合う場を求めていると感じた河崎さんは、上映前と後に必ず観客と語り合う時間をつくる。出征前に夫と最後に見た映画、好きだった俳優、思い出の映画館…。「師である黒澤明監督はよく『映画は広場なんだ』と言っていました。知らない人同士が知り合って、映画を介してコミュニケーションができる」
 「ひとつの喜びも10人で共有すれば10倍になる。悲しみは10人で分かち合えれば10分の1になる」と口ぐせのように語っていた母親の言葉も大きい、と河崎さん。亡き母の思いを形にしようと、昭和60年、銀幕の「銀」、いぶし銀の「銀」の意味を込め、ボランティア団体「銀の会」を設立。現在、約30人が活動している。
 7月14日。444回目は、平塚市の松が丘公民館の高齢者学級で、長谷川一夫主演「口笛を吹く渡り鳥」が上映された。作品は観客のリクエスト。「笑えるものを」という事前の要望に応え、痛快時代劇を持参した。「最近は喜劇の注文が多いです。ただこれが大変。笑いは“時代”ですから」
 長谷川一夫の俳優人生や撮影裏話などで、高齢者を銀幕の世界へと誘う。肩を揺らし、手をたたいて笑う。「ほおを紅潮させ、目を輝かせ、生き生きした表情を見ることがわたしの一番の喜びです」
外国人と交流映画祭も
 映画の出前サービスを始めて、気付いたこと。それは映画が一人ひとりの高齢者の人生に深くかかわっていることだという。「昔の映画を見ることは郷愁だけではない。その1本に根があり、心に深くクロスしている。昨日の出来事は忘れるのに、青春時代に見た映画のせりふは不思議と覚えているものでしょう」。映画の持つ癒やし、喜び、生命力は高齢者に希望を与えている。
 また“すべて無料”が本当のボランティアではないということも知った。当初、茶菓子やお茶も持参して各地を回っていたが、半年でやめた。「高齢者から『何でも無料はつらい』という声がありました。ボランティアが相手の負担になってはいけません。以来、上映会では交通費や著作権料など、掛かる実費は負担していただいています」
 上映会場で女性が大いに笑う一方で、男性は元気がなく、どこか寂しそうだと河崎さんは語る。「これまで多くの方と出会いましたが、肩書きやプライドが邪魔して、第二の人生に飛び込めない男性が多いです。60歳を過ぎたら、“仕事”ではなく、“志事”をしてほしい。志を持ってそれを実行に移してほしいですね。一回限りの人生、思い切りジャンプしましょうよ」と同世代にエールを送る。各地を回りながら、現代日本の“老いの最前線”を見てきた河崎さんは、静かに語った。
 スクリーンや映写プロジェクター、スピーカーなど総重量30キロを車に積んで、これまでに移動した距離は約6万キロ。青春時代の映画と再会を果たした高齢者は約2万2000人にも及ぶ。
 平成9年から始めた映画の出前サービスはことしで8年目を迎え、多いときで月15、16回の上映会。最近は50代の男性らがボランティアで手伝ってくれるようになった。「このボランティアに興味を持ってくれる中高年が4、5人います。うれしいことですよね。今度はさらにネットワークを広げて、数十人単位の上映会は次の世代にバトンタッチしたいと思っています。そしてわたしは、当初の目的だった外出できない一人暮らしのお宅に映画を届けたい」と語る。
 河崎さんは横浜市都筑区の自宅に200本ほどのビデオを所有している。持っていない作品のオーダーがあれば映画会社に借りに行き、街に出れば中古店をのぞいて名作ビデオを探すという。「名作はみなさんに見られて、生き返る。映画をよみがえらせることは、わたし自身が尊敬する多くの俳優やスタッフのお墓参りをしているようなもの。あらためて鑑賞することで、自身の勉強にもなっています」
 10月には8年目のギアチェンジのひとつとして、「横浜市民と横浜に住む外国市民の交流映画祭」も行う。「国の文化をお互いに理解し、わたしたちが“和”を生み出すことが大切。そこで日本の家を描き、時代が比較的近い『彼岸花』(監督・小津安二郎)を選びました」と、区内の古民家を会場に、50人ほどの高齢者が外国人らを迎え、上映する。今後は毎年1回、開催する予定だという。

【かわさき・よしすけ】昭和11年福井県生まれ。慶応義塾大学卒業後、東宝株式会社入社。宣伝部から助監督に転じ、黒澤明監督や今井正監督らに師事。昭和50年デビュー作「青い山脈」で第1回大阪市民映画祭新人監督賞受賞。主な作品は「挽歌」「あいつと私」「残照」「青春グラフィティ・スニーカーぶるーす」など。著書に「映画の創造」(講談社)、「映画、出前します」(毎日新聞社)─写真─など。