・「ぶらり単線・出会いの旅」小湊鉄道が終わり、読後の私には今昔の感ひとしおであります。同線の第1期営業区間は里見駅まで、機関車への給水はわが家の高台在掘り抜き井戸からでした。同駅の西方山間部では同社による砂利の採掘が盛んで、貨車で各方面に移出され、多くの朝鮮半島出身者が働いていました。そんな訳で駅構内は引込み線がやたらに多く、井戸の方角では機関車のはく煙と悪臭に近隣の家は大層悩み、それは公害のはしりのものでした。独身駅員の朝の洗顔は機関車のお湯でした。幼い私は母に頼み、バケツ一杯の枝豆のおかげで、機関車に乗せてもらい、五井往復を体験することができました。長じていわゆる汽車通学のころにはディーゼルカーになり、往年、知己の運転手に時々会えて、うれしかったものです。当時はもちろん終点駅は上総中野で、無人駅は三又、川間と久保くらい。近年マイカーの普及で無人駅がやたら多くなり、牛久以遠はダイヤも少ない。毎年夏が来るとテレビ取材で話題になった里見駅の名物「ひょうたん棚」が絶えて久しく、よろず様変わりが多く、たまの帰省も楽しみ半減の感です。
(千葉市花見川区幕張町 84歳 無職)