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  ものしりミニ講座 平成29年12月下旬号  
2つの異文化、互いに関係  鎖国下の長崎交易と鄭氏親子

国立歴史民俗博物館蔵「長崎唐人屋敷図巻」。長崎唐人屋敷での清国と日本の商人による商売の様子
 江戸時代の鎖国政策下、日本は長崎港において、中国やオランダと交易を行い、東アジア・東南アジアや、ヨーロッパの動向について情報収集をしていました。

 その当時の中国は、明朝に替わって、満州族による清国が建国されましたが、(明の)軍人・鄭成功(てい・せいこう)が軍船を率いて、台湾を占拠していたオランダを掃討し、ここを拠点として明国復興の戦闘活動を続けました。鄭成功の父・鄭芝龍(てい・しりゅう)は、明朝時代に長崎の平戸を拠点として成功を収めた海商でした。鄭成功は、日本人を母として平戸で生まれたこともあり、日本でも人気がありました。明復興の活動を基にした人形浄瑠璃「国姓(性)爺合戦」(作:近松門左衛門)がロングラン上演され、歌舞伎でも演じられるなど、大変な人気を博していました。

 父の鄭芝龍は、実はキリシタンでした。このことが分かるのは、商売の競合相手だったオランダ東インド会社の日記「長崎オランダ商館の日記」1644年9月(正保元年8月)の記載によってです。このころは禁教令の時代。鄭芝龍がキリシタンであるとの情報は幕府もつかんでおり、芝龍の船は長崎で検査を受け、乗組員は拷問にかけられたと記されています(9月26、28日の日記)。長崎には日本人の寺院とは別に、清国商人が出身地ごとに所属する崇福寺・興福寺・福済寺など「唐寺」と呼ばれる寺院が建てられ、長崎で亡くなった清国人の葬送、追善供養を行ったほか、当時、清国海商にキリシタンが紛れ込んでいないか検分することも任務としていました。

 長崎に伝えられる、キリスト教文化と中華文化は、現在でも長崎観光の大きな柱です。長崎のヨーロッパ文化と中華文化の間にも互いに強い関係があったことを知ると、教会や唐寺、唐人屋敷跡、新地中華街などの観光地も違った一面が見えてくるかもしれません。

《国立歴史民俗博物館教授 松尾恒一》

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