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“四国のへそ”四国中心部に位
置する徳島県「祖谷(いや)」。奥深い山中にあり、平家の落人の里ともいわれ、今でも峡谷にはカズラで作ったつり橋が三本架かっている。ゆっくり時間の流れる静かな山村で、温泉と素朴な食事を堪能し、アメリカから移住してきたアーティストを訪ねてこの土地の魅力を聞いた。
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| この日は台風接近で大ゆれのかずら橋。ロープにしがみつきこわごわ渡る女性 |
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眼下にはそうそうと川が流れる渓谷。橋の欄干部分「壁綱」を両手でしっかりつかみながら、ギシギシと揺れるつり橋「かずら橋」をゆっくりゆっくり、冷や汗かきかき渡った。橋床の木片「さな木」は二十〜二十五センチメートルの間隔があって、踏み外すと足が谷へ吸い込まれそうだ。
私の後ろから渡っていた六十過ぎの観光客の男性は、足がすくんだのか途中で引き返してしまった。かなりの高所恐怖症だったのだろう。現在はワイヤーで補強されているとはいえスリリングでちょっとした度胸試し。
つり橋は長さ四十五メートル、幅二メートル。日本三大奇橋の一つで、国・県指定重要有形民俗文化財となっている。約八百年前、平家の落人たちが、敵が追ってきた時にすぐに切り落とせるように祖谷に自生するシラクチカズラを編んで作ったと伝えられる。かつては十三のかずら橋が架けられていたといわれるが、今はこの西祖谷のかずら橋と、奥祖谷の「二重かずら橋」だけ残っている。架け替えは三年に一度、村役場から依頼された地元の架設経験者五〜六人で行われる。現在ではカズラが不足し、山の奥深くまで採取にいくそうだ。
しかし渡り終えて周囲を見渡せば、祖谷の大自然。日本三大秘境に数えられているだけあって絶景。達成感と爽快感に満たされた。 |
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「ホラ、こんなふうに」と縄でしばって一升どうふを持ち上げる |
●縄で持ち上げられる「一升どうふ」
「祖谷のかずらばしゃ 蜘蛛のゆ(※「巣」の意味)の如く 風も吹かんのに ゆらゆらと…」と歌うソバの粉ひき節がある。名物「祖谷そば」を食べた。渓谷の山村では耕地が少なく十分稲作が出来ず、栽培できるソバは昔から貴重な食糧だった。ソバ粉を多く用いているので麺が太く切れやすいのが特徴。素朴な味がよかった。また「一升どうふ」も名物の一つ。“一升桝”ほどの大きな豆腐で、縄で縛って持ち上げられるほど硬いが、大豆の風味が大変豊か。
「レストラン大歩危峡まんなか」から遊覧船で大歩危峡(おおぼけきょう)を下る。
大歩危峡は吉野川上流の名勝地で、川の激流が約二億年の歳月をかけて作り出した、徳島県指定天然記念物・含礫片岩と晶片岩の渓谷。川の流れは早く、深緑の中を約八キロメートルにわたって巨岩や奇岩の断崖絶壁が続く。「大歩危」の名は下流の「小歩危」とともに、大股で歩いても小股で歩いても危険なことから名づけられた。
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ラムジー氏と作品の行灯アート |
●米人青年がアート創作活動
祖谷には天然温泉があり、「ホテル祖谷温泉」からケーブルカーで百七十メートル下の谷底に降りて入る露天風呂も気持ち良くていい。
この祖谷に魅せられて、約一年前から移住して行灯アートを創作しているアメリカ人の立体造形作家・ショーン・ラムジー氏(三一)を訪ねた。行灯のやわらかな光に心が和む。「祖谷には四季と共に生きる日本らしさが残っています」。カズラや茅、竹、川の石、和紙など地元で手に入る自然のものを使って作品を創作している。「山・川・霧・雲・虫・気流といった自然、茅葺屋根など伝統建築物のつくり、そして私を歓迎してくれた祖谷の人々の温かな気質が創作活動にインスピレーションを与えてくれるのです」。地元に溶け込み、畑仕事も体験した。「人と人、人と自然との関係が都会とは異なります。来日当初は東京か大阪で活動しようと思ったけれど、平穏で仕事に集中できる祖谷から離れられなくなりました」
秋になると紅葉の錦に色どられ、全山紅に染まるだろう。
(財)徳島県観光協会 TEL088・652・8777 |
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