旅の情報  
そびえたつ根本大塔は真言宗の根本道場

 深い大自然に包まれた高野・熊野。そこは古くから神々が宿る「聖地」と考えられてきた。この7月、「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコの世界文化遺産に登録され、この地域が今、内外の熱い視線を浴びている。そこで今回、「祈りの道」を訪ねて、高野・熊野を旅した。
 紀伊山地は、紀伊半島の和歌山、奈良、三重の3県にまたがる広大な地域。
 世界文化遺産に登録されたのは、高野山、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉(はやたま)大社、熊野那智大社、那智山青岸渡寺の三社一寺の総称)、吉野・大峯の5霊場とそれぞれを結ぶ参詣道である。
 中国からわが国に伝来した仏教は紀伊山地の山々を阿弥陀仏や観音菩薩の浄土に見立て、同地域は仏が持つような能力を修得するための山岳修行の舞台だった。その結果、それぞれの起源や内容を異にする高野山、熊野三山、吉野・大峯の霊場とそこに至る参詣道が生まれたという。

熊野那智大社へ続く
大門坂が特に美しい

空海開山の一大霊場
 今回の旅で最初に訪ねたのは高野山。高野山は、弘法大師空海が開いた一大霊場。弘仁7(819)年の創建以来、真言宗の根本道場として多くの人々の信仰を集めてきた。金剛峯寺(こんごうぶじ)は、かつては高野山全体の名称として、弘法大師が名付けた。現在は全国の真言宗3600寺、信徒1000万人の総本山である。
 一方、標高1000mの山上には、ごま豆腐や土産物の売店が並んでいる。旅行者が泊まる宿坊もある。また、幼稚園から大学までの教育施設も設置されている宗教都市だ。
 山岳修験の道場として当初から、高野山の中心であったのが壇上伽藍。その中心にそびえたつ根本大塔は真言宗の根本道場だ。奥の院は弘法大師入定(にゅうじょう)の地を中心とする聖地で、壇上伽藍とともに高野山で最も重要な聖域とされている。
 奥の院の入口にあたる一の橋から一番奥にある弘法大師御廟までの2kmの参道には樹齢数百年の杉の大樹とともに、歴史に名を残した諸大名の墓碑、供養塔など約20万基が建ち並んでいる。
 旅は高野山を後に、「熊野古道」と熊野三山へ向かう。熊野古道は、神仏習合の大霊場である熊野三山への参詣道だ。京都から最も遠い熊野那智大社までは、約330kmの長い道のりで、山越えの険しい道で行き倒れも多く、難行苦行の旅だったといわれる。同古道には、中辺路、小辺路、大辺路、伊勢路などの参詣道がある。
 人々は、なぜ生命の危険を冒してまで、難行に挑んだのだろうか。平安時代、熊野三山を巡礼すると、過去の苦しみが浄化され、新しく生まれ変わることができると信じられていたという。こうしたことから無数の人々が奥深い山中を歩いた道が熊野古道として今に残ったといわれている。
 そこで、熊野古道をウオーキングしてみた。初心者でも安心できるアップ・ダウンの少ない初級者用の道。中辺路の発心(ほっしん)門王子から熊野本宮大社へ向かう約7km所要時間2時間40分のコースがそれである。
 王子とは、社のことで、旅人はそこでひとときの休息をとったという。熊野99王子のなかでもとりわけ格式の高い5体王子のひとつが発心門。ここからが熊野への聖域の入口とされていた。発心門を越えると、熊野古道は幾重にも重なる山並みを見渡す眺望になる。熊野古道を案内する本宮町語り部の会・会長の坂本勲生さん(76)は「この区間の古道には、安産の守り神、こやす地蔵のほか、歯痛、腰痛の各地蔵があるなど民間信仰が盛んだったのです」と往時の風習を解説する。
「日本の道百選」大門坂
 続いて、弘法大師がつえで地面を突くと水がわき出した、との言い伝えがある水呑王子から伏拝王子へと向かう。「この丘の上にある伏拝王子は特別な場所だったのです」と坂本さん。巡礼者はこの場所から、山の重なりあったかなたに初めて熊野本宮大社旧社殿を拝することができた、というのだ。
 伏拝王子には、この6月完成した見晴らしのいい休憩所がある。週末だけ営業する伏拝茶屋やトイレも設置されている。道は伏拝王子から祓戸王子へ。祓戸王子から巡礼者の最終目的地の熊野本宮大社はすぐそこ。
 発心門王子から熊野本宮大社までの7kmのうち、山間部を歩いたのは約4km。この山間地の古道はいにしえの旅人をしのぶことができた。
 熊野三山の首座といわれる熊野本宮大社は、熊野権現の幟(のぼり)が両側に立ち並ぶ158段の石段を上り、神門をくぐると、厳かな雰囲気が漂う境内が広がっている。そこには主神の家津美御子(けつみみこ)大神をはじめ牟須美(むすみ)、速玉、天照皇(あまてらすすめ
)の四大神を祭る社殿が東西横一列に並んでいる。

那智大滝は日本を代表する
滝のひとつ

 古道の中でも美しい道として知られているのが熊野那智大社への大門坂だ。「日本の道百選」にも選ばれた道で、樹齢800年の夫婦杉をはじめとする杉木立とこけむした石畳の道が600m続く。
 熊野三山で2番目に訪ねたのが熊野那智大社。全国3000有余社にのぼる熊野神社の総本山だ。那智大滝を望む高台に位置。その祭祀(さいし)の起源は同大滝にたいする自然崇拝とされる。境内には御神木である樹齢850年のクスノキが枝を広げている。
 那智大滝は日本を代表する滝のひとつ。高さ133m、幅12m、滝つぼの深さ10m。このうち高さの133mは日本一だ。
 那智山青岸渡寺は、織田信長による焼き討ちの後、天正18(1590)年、豊臣秀吉によって再建された桃山時代の建築物。本堂は西国33カ所観音巡礼(西国巡礼)の第1番札所。
 熊野三山で最後に訪ねたのが、熊野川の河口に位置する熊野速玉大社の主神は速玉大神。大社内には、1200点にものぼる文化財が展示されている神宝館がある。