「会いたい人の顔が必ずある」という言い伝えの残る滋賀県彦根市の天寧寺(てんねいじ)。そこには江戸時代に建てられた羅漢堂があり、500体を越える羅漢像が眠っている。かつて映画「西鶴一代女」(溝口健二監督)でも取り上げられたその羅漢堂には今も亡き人を求めて訪れる人が絶えない。
天寧寺は彦根城を一望する丘の上に建っている。急な坂を登りきると琵琶湖が見えた。
羅漢堂の戸を押して中に入ると、暗闇でほとんど何も見えない。堂内の空気はひんやり。やがて目が慣れ、527体の羅漢像が浮かびあがってきた。
「会いたいと思うと見えてくるのだそうです。『死ぬ前にふいてやったあの子の顔が見えた』と、ひとしきり泣いた後、晴れ晴れとした顔で帰っていく親御さんも多いですよ」とは住職とともに案内してくれた妻の博子さん。
天寧寺は幕末の大老井伊直弼の供養の寺でもあり、3月の命日には年に一度、血染めの座布団が公開される。血染めとはいっても、足を撃たれた時の血痕がうっすらと見える程度。暗殺された日は雪が舞うとても寒い日で、もう一枚座布団を重ねていたからだそうだ。縫い付けられたトラの毛皮が事変の日の寒さを物語っている。
開国を押し進めた井伊直弼は戦前までは国賊だった。「NHK大河ドラマ『花の生涯』の放映で脚光を浴び、その後たくさんの観光客が訪れるようになったのです」と博子さんは振り返る。
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彦根城は、天守閣があることから、
よく映画のロケが行われる。 |
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夕焼けを見ながらの入浴も |
彦根市から車で琵琶湖畔沿いの道を30分も走れば、豊臣秀吉が築いた長浜城が見えてくる。長浜は古い町並みや曳山まつりといった伝統文化が残る街。
長浜城近くにある旅館「浜湖月」の露天風呂で、目の前いっぱいに広がる琵琶湖を眺めながら入浴した。温泉の湯はぬるめ。信楽焼でつくられた大きなかめのような浴槽にぽちゃんとつかり手足を伸ばすと、まるで海の中に浮かんでいるような気持ちになる。入浴後、近江牛懐石を食べた。関東ではあまり知られていない近江牛だが、松坂牛よりも脂身が少なく軟らかい、と絶賛する人は多い。なかでもお楽しみは牛たたきのにぎり。まるでトロと見まごうばかりの赤身に白い脂が網目のようにはっている。しゃりは少なめ。思い切ってひと口で食べたらいつのまにか溶けてしまって、言葉も出ない。
長浜にはシリーズ第47作「男はつらいよ拝啓車寅次郎様」の撮影のため故渥美清氏も訪れている。当時すでに晩年に近かった渥美氏。撮影の前日、迎えとともにタクシーに乗り込んだ渥美氏は夕日に輝く銀色の湖面を眺めながらぽつりと「にいちゃん、この景色を毎日見てるのかい?」と案内の青年に尋ね、しばらくの沈黙の後、「きみは幸せだね」とつぶやいたそうだ。
◇浜湖月TEL0749・62・1111