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映画「悲情城市」のロケ地。右側の赤ちょうちんのかかった建物が「小上海」=九イ分の石段通りで
 「なるわん台湾」―。先住民の言葉で「こんにちは台湾」の意味だ。ことしは台湾は観光年で、観光客誘致のキャンペーンを繰り広げている。近年、台北市の東部地区は開発が進み、その一方で、映画ロケで有名な観光地九イ分(ジョーフェン)はレトロな街並みを残している。また平渓(ピンシー)では、地元民だけに伝えられてきた行事を観光にも生かそうと、動き出している。
 台北市の東部地区は現在開発ラッシュ。世界一の高層ビル101が最後の仕上げの真っ最中だ。その隣にはショッピングタウン「ニューヨーク・ニューヨーク」、複合映画館「ワーナービレッジ」など、ファッションと映画の街が出現した。台北に東京の六本木、原宿が誕生したようなにぎわいをみせている。
レトロな街並み・九イ分
 この新しい街から車で50分のところにある観光地・九イ分。九イ分とは9家族という意味で、その昔、9家族が住んでいたことからそのまま地名になった。戦前は金鉱山で栄えた山村だったが、戦後は鉱脈が途絶えて閉山。人口も減り、静かな町になった。そんな時、侯孝賢(ホウ・シャオシエン)監督の映画「悲情城市」(1989年)のロケ地となり、ベネチア国際映画祭でグランプリを受賞。一躍観光名所となった。15年ほど前のことだ。
金鉱山街にあった唯一の映画館跡.正面玄関のみ記念に残されている
 鉱山町だったため道路は狭く、アップダウンも激しい。石段が多く、坑道跡が通路になっている所もある。
 メーンストリート両サイドには土産物店が並ぶ。映画ロケで使われたレストラン「小上海」は石段を下りた中ほどで開店していた。レトロでシックな店構え。ここではどの店にも古い家具や調度品、陶磁器が並べられ、そこにたたずんでいるだけでタイムスリップしたよう。付近には茶芸館もある。
記者の質問にも丁寧に、「漢字ではこう書きます」と手帳に記しながら答えるガイド氾村山さん=右側
 少し下がると「昇平戯院」、つまり映画館跡があり、入り口の大看板には侯監督の「恋恋風塵」が。台湾の観光ガイドを務める氾村山さん(英語名・アレックス・ハンソンサン)は「この映画が自慢」だという。昭和17年生まれの氾さん。日本植民地時代の日本名は村山茂信。英語教師やアメリカ人専任ガイドをしていた。なかなかの知日家で物知りだった。

 九イ分から車で40分。昔から平渓で伝えられている、気球のようなちょうちんを天空に放って願掛けをする「天燈」。中秋(旧暦8月15日)に村人が天燈を上げる行事で、まるで天空版の精霊流しだ。
平渓には「台湾のナイアガラ」と呼ばれる滝があり、観光客でにぎわっている。

熱気球のように浮上した天燈
平渓の広場で天燈に点火すると、
ふわっと浮上する

 その近くの広場に観光客ばかり数百人が集まり、それぞれが1・5m大の紙製バルーン(料金200元・700円程度)にマジックペンで願い事を書き込み、熱気球と同じように下部に取り付けた油紙に火を付けると、バルーン内の空気が熱せられてフワッと上昇していく。10〜15mまで浮上すると上昇気流に乗ってどんどん上がっていき、はるか山の上方に達する。そして海の方へゆっくりと流れていく。油紙の燃焼時間は10分ほど。火が消えても熱気がバルーン内に残り、漂流しながらゆっくり降下していく。
 日本では消防法の関係でとても認可されないだろうが、平渓の山上でややくぼんだ盆地のような地形は天燈を上げるのに安定した場所のようだ。台湾政府も認可しているこの行事は、古来、支障なく伝えられてきた。はるか上空の天燈を見送るように見上げていると何か神々しい気持ちになってくる。夕闇の中を一つ、二つ、三つと浮上する天燈が上空に舞い上がった時、まさに幽玄の世界となるだろう。
【観光の問い合わせ】台湾観光協会東京事務所TEL03・3501・3591