ご利益石仏
可愛がっていたペットが死ぬ ということは、今も昔も悲しいことなのだろう。特に、そのペットが生活に欠かせない存在であれば、なおさらで、その思いがこの猫の石像作りに駆り立てたのだ。
明治期の養蚕農家にとって、ネズミは蚕の大敵。多くの農家では、ネズミ除けのために、猫を飼っていた。ネズミを退治してくれる猫を神格化して、猫神として祭ることも、行われていたという。
猫はお釈迦様が干支を決める集まりの日を、ネズミに間違った日を教えられてしまい、結局、干支に猫年は実現しなかった。このため、猫はネズミを恨み、ネズミの姿を見つけると追いかけるようになったとも伝えられている。
この猫の像は明治二十七年七月二日の建立で、建立者は尾崎伊右衛門さん。この伊右衛門さんが可愛がっていた猫が死んだときに、その供養のために建てたと言われている。
その猫の名前は残されていないが、さぞ多くのネズミを退治して、干支に含まれなかった猫族の往年の恨みを果 たしていたのだろう。浮き彫りにされた猫の姿は、可愛くもあり、頼もしさも感じさせる。
狭山市と川越市の境、主要地方道の「川越入間線」の街道沿い、中福田の元バス停前の曲がり角に、ほかの石仏とともにたたずんでいる。