坂のある街
 
 谷中周辺は、上野の山と地続きの台地にある坂の多い街。谷中銀座商店街など古き良き雰囲気が残る場所も多く、観光スポットとしても人気が高い。一方、JR日暮里駅を挟んで反対側の日暮里は、江戸時代に文人墨客が雪月花を賞する地として、楽しさに日の暮れるのも忘れる「ひぐらしの里」と呼ばれていたが、今後開通予定の新交通システム「日暮里・舎人(とねり)線」の建設と駅前再開発でこれから大きく様変わりする。駅を挟んで変わる街と変わらない街。寒さが身にしみて人恋しくなる季節。人情を求めて夕暮れの似合う、谷中・日暮里を訪ねた。
 谷中は寺院の多い静かな街である。これだけの寺が集中しているのは、寛永年間に江戸城の鬼門に当たる地・上野に、徳川家とその政権を守る祈願所として上野寛永寺が創建されたことがきっかけだといわれる。その子院が周辺に多く建立され、参拝者が増えると同時に行楽地になった。また、これまで震災や空襲の被害も少なかったことが、歴史を残すゆえんだろう。
「夕やけだんだん」と呼ばれる
石段周辺には猫がたくさん
あめを作る伊藤郁男さん
 JR日暮里駅西口を出て御殿坂を上り、「夕やけだんだん」と呼ばれる石段を下ると谷中銀座商店街。夕方になると、さまざまな食べ物が混ざった、おいしそうなにおいが漂ってくる。
 入り口にあるあめ屋「後藤の飴(あめ)」では、3代目主人の伊藤郁男さん(40)があめ作りの真っ最中。あめは火から上げた後、すぐに固まってしまうので時間との勝負。素早い手つきで、次々にあめを作っていく。あめを手作りしている店は、もう都内では数えるほどだ。伊藤さんは商店街の魅力を“ライブ感”だと言う。無理に作られていない、土地と生活の中から自然と成り立っている場所。「お客さんとの会話もそうです。それが“生きている”という感じにつながります」。音楽の会話がきっかけで知り合いになった外国人は、日本に来るたびに店に寄ってくれるそうだ。
 同商店街振興組合理事長で衣料・寝装品「はつねや」の堀切正明さん(68)は、「商店街は街の顔。写真展コンクールやビックリ市などのイベントを頻繁に開催して活気づけています。商店街には地域に貢献したいという人が多く、協力度が高いおかげで昔ながらの雰囲気を維持できていますし、何十年も続くイベントが多いですね」。地元の固定客を大事にしつつも、外に開かれているのが魅力だ。
 懐かしさを求めて観光客までやってくるのは、スーパーマーケットが主流となったうえに、東京の各地で再開発が進み、こうした商店街が数少なくなったからだろう。駅の反対側の日暮里でも再開発は進む。「駄菓子問屋街のある日暮里は“駄菓子屋のメッカ”でよく買いにいきました。その問屋街も大きく変わりますが」と話すのは民謡をベースにロック調の曲などジャンルを超えて演奏している尺八奏者のき乃はちさん(33)。生まれてから現在まで近隣の根岸に在住し、子供のころは谷中でよく遊び、いたずらをしては大人たちに怒られた。昔はいつも近所の目が光っていた。 
夕方になると活気づく
谷中銀座商店街
き乃はちさん親子
 「今は、リハーサルスタジオからの帰り道、よく富士見坂の上で立ち止まって街の様子を眺めています。平和な感じで、ほっとしますね」。“富士見坂”と呼ばれる坂は都内にいくつもあるが、本当に富士山が見える坂はここしかないといわれる。「でも今は、富士山の一部が高層マンションに遮られて全景が見えなくなってしまったのは残念ね」と、き乃はちさんの母親で民謡歌手の佐藤美恵子さん(64)は嘆く。
 「街の様子が変わっても、人が変わらないことが大切です。地域のつながりが一番大事なことだと思います」。き乃はちさん自身、地元の人に助けられることが多いという。コミュニケーションが取れていることで、自分の中にしっかりと“地元”が根付いている。「住んでいる人の顔が見えないというのが一番いけない」。き乃はちさんは周辺に住む人々とライブやイベントを計画し、街の人が集まる場所を増やそうとしている。
 地元と人を愛し、自分たちの手で街づくりを進める人々に触れ、心が温まった。

【き乃はち情報】
 新作アルバム「粋−IKI−」が10日発売。また来年1月30日(日)午後6時〜、シブヤオーウエストでライブ「尺八維新〜The shakuhachi renovation〜 き乃はちLIVE『−IKI−』」を開催。全席自由3675円(税込み・ドリンク別)。TEL03・5436・9600(12月4日から受け付け開始)