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JR駒込駅前広場に設置された
「染井吉野桜発祥之里」の碑 |
ソメイヨシノの発祥地は豊島区駒込の旧染井の里とされる。
JR山手線の北側、駒込3丁目から6丁目にかけての一帯が染井といわれ、江戸時代から植木の里であった。植木職人が戦後まで付近に残っていたが、今では埼玉県川口市に移り住み、かろうじて通りや商店街に「染井」の名を残すのみである。
ソメイヨシノは、江戸末期にオオシマザクラとエドヒガンザクラを交配してできたもので、育てやすく樹高や花の形が日本人の好みに合った。この発見は大正5年、アメリカ人のウィルソン博士といわれる。ただ、一般に樹齢は短く、50年で老木となり樹勢が衰える。
全国に知られるソメイヨシノの発祥の地である豊島区に染井の地名が残らなかったのは残念だが、JR駒込駅前に「染井吉野桜発祥之里」の碑を区が建てた。ほかに染井霊園、染井稲荷(いなり)が残るのみ。
駒込の北側、北区との区境に近い所に谷戸川が流れていたが、今は暗きょになって川の姿はない。しかし、地形が谷状になっているので当時の面影は想像できる。駒込3丁目と6丁目、7丁目の境に染井坂、有松坂と名付けられた坂がある。住宅街の中を通るなんの変哲もない坂道だが、坂上の駒込小学校と西福寺の辺りには昔日をしのび桜が植えられて、同寺には染井の植木職人で植物学者でもあった伊藤政武の墓がある。開花シーズンには大勢の花見客でにぎわう。
「ただ、根まわりが傷つけられるので心配が絶えません」と、「染井よしの町会」の嶋田壹孝町会長。
地元のソメイヨシノへの思いは強く同会は桜保存と地域の振興を図っている。ほかに染井稲荷神社奉賛会氏子を中心に「染井よしの町会」「6丁目東文化会」「7丁目町会」の3町会が合同して3月から9月にかけて樹木を消毒して桜保存に力を注いでいる。毎年3月21日は開花まつりを開催、地酒「染井桜」を売り出したり、ソメイヨシノの鉢植えを販売したり地域振興を図っている。