坂のある街
 
「これがランチュウ、これがリュウキン」。ひょいひょいと身軽にいけすを渡る吉田さん。着物姿もあでやか
半地下のスペースにはピアノもあり、音楽会なども
 夏の屋台に欠かせない金魚すくい。誰もが一度は経験があるはず。文京区には「金魚坂」と呼ばれる坂があるという。夏の風物詩を追って訪ねてみた。
 金魚坂という地名は東京都の地図にはない。ところが、文京区菊坂の近隣に「金魚坂」という喫茶店ならあるらしい。試しに行ってみると、本郷通りから菊坂に入り数メートルほど先に「珈琲・中国茶・金魚坂」という看板が出ていた。細い路地を右に折れると短い坂になっている。坂の左側の建物からは水と魚のにおい。坂を上がると洋風な建物があった。
 「金魚坂」という名前の由来は、昔、地元の子どもたちがこのあたりをそう呼んでいたから、と話すのは「金魚坂」の吉田智子代表取締役。吉田さんは、金魚問屋の吉田飼料株式会社社長でもある。喫茶店の「金魚坂」は11月で開店4年目を迎えるが、問屋は江戸時代から350年続いており、吉田さんは6代目。「昔は菊坂に面して問屋を構えていたんです。小売りはしていませんでしたが、子どもたちがいつも池に遊びに来ていました。子どもたちは金魚がいる坂、金魚坂、と呼んでいたんですね」
 菊坂には樋口一葉の井戸があるが、この辺は昔からいい地下水が出るので金魚を飼うのに適しているという。かつては上野方面から吉田問屋の金魚の池が一望できたとか。
 「加賀屋敷の殿さまの食事で毒味用に、うちの金魚を献上していたと先代から聞いたことがあります。そもそも金魚は舶来品ですから、当初は上流階級者にだけ許される趣味だったんです」
 元禄時代になってようやく江戸の町にも金魚屋ができ、文政年間のころから庶民にも手が届くものとなった。水を張ったおけに金魚を入れ、てんびんを担いだ行商人は、芸者や子どもたちの人気者。明治時代に入ると今度は品種改良が盛んに。
吉田問屋の私道でもある「金魚坂」
かつて行商していたころの様子
 吉田問屋は戦争で一時閉店したが、再び開店すると昔なじみの客がすぐに戻ってきてくれた。それでも以前より金魚愛好家が減っているように思う、と吉田さん。「昔はそこかしこに、一家にひとつは金魚鉢があったものです。このお店を始めたのは、もっとたくさんの方に金魚を理解して、見てもらいたい、と思ったから。いけすの金魚を楽しんだ後に一息入れられる場所を提供したかったんです」
 かつてコイを飼っていた池を利用して建てられた喫茶店は、半地下と中2階、2階に分かれている。ランチ時には近所の会社員や女性客でいっぱい。名物の黒ビーフカレーのほか、アップルパイや中国茶も人気だ。また、ここのひそかな人気は葉巻。品ぞろえはかなりのもの。それぞれを得意とする担当の従業員がいて、実はみんな吉田さんのマージャン仲間だったのだという。「わたしは北千住の下町で育ったので、にぎやかなのが好きなんです。ここは文士の町なので静かですから少しさみしくて。駅の方はずいぶん変わりましたけど、本郷6、7丁目は東大とともに、昔の雰囲気が残っていると思います」
 東大の同窓会会場としてもよく使われるとか。土日は金魚すくいも行っている。
 「金魚は動きがかわいい生き物。ぜひかわいがっていただきたいです」
 「金魚坂」TEL03・3845・7088