町田市の玉川学園は、坂の多い町として知られる。小田急玉川学園前駅を中心に周辺をぐるりと囲む「桜の散歩街道」から延びる坂には、“なかよし坂”“のらくろ坂”“ころころ坂”など、ユニークな名前が付けられている。街道にはギャラリーも点在し、一周しても60分ほど。ベンチも整備され、天気のいい日のウオーキングに最適だ。
玉川学園は昭和4年(1929年)に学校法人玉川学園の創立によって開かれた街である。春になると、この小さな街には花見客があふれる。「尾根道」と呼ばれる街道沿いに、何百本もの桜が植えられているからだ。その尾根街道から駅へ下りる10本の坂に、「玉川学園の地域を考える住民懇談会」が住民に取ったアンケートによって平成3年(1991年)名前が付けられた。今ではすっかり定着している。
坂の名前は、玉川学園の入り口から順に、花影坂、ふれあい坂、なかよし坂、月見坂、線路を渡って無窮(むきゅう)坂、のらくろ坂、ころころ坂、竹の坂、うぐいす坂(男坂)、うぐいす坂(女坂)となる。
当時同会で坂の命名活動に携わっていた建築家・篠原佑さん(64)=写真左上=は、「今の子どもたちが、生まれた時から坂に名前があると思い込んでくれているのがうれしいですね」と話す。市に認可された公的名称ではないが、そのぶん個性的な名前が多い。
「花影坂はその名の通り桜がきれいです。なかよし坂の上には幼稚園と小学校があります。月見坂は坂周辺の住民の方が投票してくださったのだと思うのですが、月が坂の真下から昇ってくるそうですよ」
とてつもなく急な月見坂を下って線路を越えると、尾根街道の続きが無窮坂から始まる。無窮坂の名は、坂の上の東洋文学の研究所である(財)無窮会の図書館から。「のらくろ坂の上には、かつて漫画『のらくろ二等卒』の作者であった田河水泡さんが住んでいらっしゃいました。ころころ坂を命名されたのは確か年長の方で、昔話の“おにぎりころころ”に出てくるような急な坂を思われたんでしょう」。竹の坂、うぐいす坂の名前からも分かるように、今も緑豊かな玉川学園には、著名人や文化人も多く住み着いている。「作家の片岡義男さんや、赤瀬川原平さん、歌手の五輪真弓さん、亡くなった方では、遠藤周作さんが住んでいらっしゃいました。赤瀬川さんの家は、屋根にニラが植わっていて、通称“ニラの家”として住民の間では有名です」。この辺は毎日散歩をしていても飽きることはないですね、と篠原さんは笑う。
坂にはすべて道しるべが建てられている。実はこれを建てるまでが大変だった。
「せっかく付けた名前が忘れられないためにも、絶対に道しるべは必要でした。しかし、道路に建てることにはどうしても市の許可が出ず、仕方なく民有地に建てることに。幸いみなさん快く引き受けてくださり、資金も運良くまちづくり財団から助成金が下りて、少ない中で町田の石屋さんが知恵を絞って協力してくれました」
篠原さん自身は玉川学園に移り住んで約40年になる。この街の歴史の半分以上を過ごしてきて、愛着はますますわいてくるようだ。現在も同会の世話人として玉川学園の地区計画を支えている。
「歴史の短い街だからこそできることだと思います。自分たちの街なんだから、愛情を持ってやればいい。自分たちの手で歴史や街を作っていくのは楽しいですね」
今後の課題はやはり環境問題になると考えている。新しい世代の風も入れながら進めていくつもりだ。