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坂上に見えるのがテレビ局跡地に
建てられた41階建てのマンション
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1957(昭和32)年11月、新宿区河田町にフジテレビが設立された。おひざ元の「フジテレビ通り」商店街には多くの飲食店ができて活気を帯びたが、97年、フジテレビのお台場移転に伴い、店は軒並み売り上げが半減。最近では地域住民にターゲットを絞ったイベントなどを実施している。かつてフジテレビ社屋と都営新宿線曙橋駅を結んでいた念仏坂周辺を散策した。
曙橋駅A2出口を出て、右(西)へ進むと「あけぼのばし通り」のゲートが見える。この商店街はフジテレビがあった当時、「フジテレビ通り」と呼ばれていた。
現在、店の数は約80軒。鮮魚店や精肉店より、持ち帰り弁当店や総菜店などが中心の商店街だ。商工会会長の深澤松男さん(70)は、「店を閉めたのはマージャン店や喫茶店など4、5軒ほどですね。約半数が業種を変えましたが、不思議とシャッターが下りたままの店はありません」と話す。
ゲートをくぐり約100m、すし店の角を右に曲がると念仏坂がある。河田町と市谷仲之町の境を上る石段の坂で、道幅は5.5mの48段。中腹で左に折れ、階段脇すぐに住宅が建ち並ぶ。
念仏坂の由来は幾つかある。昔、坂下の安養寺門前の寺町通りに僧侶が住みついていて、昼夜、念仏を唱えていたという説や、坂の左右が谷に面して危険だったため、往来する人々が念仏を唱えながら上り下りしたという説も。
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商店街には中華料理店、
そば店など飲食店が多い
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「今でもお台場から食べに来てくれる
社員の人もいます」と石井さん |
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すし店を切り盛りする傍ら、
商工会会長も務める深澤松男さん
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坂を上り終えると辺りは静かな住宅地に一変する。左には新宿副都心の高層ビル群、右には防衛庁の鉄塔が見え、正面のフジテレビ社屋跡地には41階建ての高層マンションが建つ。
唯一、テレビ局があった面影を感じられるのが女子医大通り沿いにある「コーヒー&レストランふじ」。その名の通り、59年のフジテレビ開局と同時に開業した店で、「当時、店内はほぼ毎日が芸能人の貸し切り状態。明石家さんまさんは常連中の常連でした」と社長の石井秀雄さん(78)。局内のスタジオへの出前も多く、1番人気は直径30cmの皿にハンバーグ、カニコロッケ、サラダを盛り付け、ご飯とスープが付いたAセット(1260円)。1人では食べきれないほどのボリュームだ。
念仏坂の周辺には東京女子医科大学や東京韓国学校、牛込仲之小学校などがあり、学生も頻繁に歩いている。かつてテレビ局で働く人たちの通勤路だった念仏坂は、今はすっかり近隣住民の生活道路として定着しているようだ。