「食べ物の好き嫌いもストレスもない」
という波乃さん。それが健康の秘訣

 新派を代表する女優・波乃久里子さん(59)。名歌舞伎役者の娘として生まれ、新派に進んでからは舞台を中心に、映画、ドラマと幅広く活躍している。かつての勢いを失いつつあるといわれる新派。波乃さんは「完成された」演劇である新派の魅力を見直してもらうべく、挑戦し続けている。2月4日からは三越劇場で、初代水谷八重子代表作のひとつ「風流深川唄」を新派初挑戦の風間杜夫さんと共演する。波乃さんが新派にかける情熱について語った。
 深川仲町の会席料理深川亭の娘・おせつは、若いながらも店を仕切るしっかり者。板前の長蔵と恋仲だ。しかし店が危機にひんし、おせつは金主のもとへ嫁ぐことに。嫁入りの日、長蔵はおせつを奪って逃げる…。
 「新派」は歌舞伎を「旧派」として新しくおこした演劇の呼称。この「風流深川唄」のおせつも含め、新派の劇に出てくる女性は皆、一本しんが通っており、しかも描かれる愛は「純愛」。最近、純愛をテーマにした映画や小説が話題だ。「『冬のソナタ』は美しくてひいきにしています。新派とは題材が通じるものがありますし。ヨン様もすてきだと思いますが、今はSMAPが最高。いつか共演したいです」と波乃さん。
水谷八重子に学んで
 近年、蜷川幸雄演出「エレクトラ」やミュージカルなど多方面の出演も目立つ。「年をとると気力が低下して、新しいことに挑戦するのが怖くなるんです」。慣れたことばかりしていると、みずみずしさが失われてしまう。新鮮味のない舞台では観客を引きつけられない。「だからこそ慣れないことに挑戦したいのです。『風流深川唄』は何度か演じていますが、今回はどうやって挑戦するかが課題です」
 うまく演じるだけでは感動してもらえない。「役はその時点で完成されています。『おせつ』になりきれるよう、深く理解することが大切です」
 実際には見えない月を指すしぐさひとつにしても、共演者とのコミュニケーションがとれていないと、月がいくつも現れたり、位置や大きさまで変わってしまう。「初代水谷八重子先生が月をどう見たか、なぜそう演じたかを研究して深く演じたいです」
 波乃さんは1945(昭和20)年、名歌舞伎役者・17代目中村勘三郎の長女として生まれる。4歳から15歳まで子役として何度か歌舞伎の舞台に立った。「父にはかわいがられました。歌舞伎座が遊園地のようなものでした。遊びまわって、舞台に飛び出そうになったこともありましたね」。遊びにも芝居を取り入れ、「近所の子供たちとよく『お芝居ごっこ』もしましたよ。夜まで続けてほかの子供たちの親に怒られたりしたことも」。幼少のころから、自宅に来る師匠から能や三味線、踊りなどのけいこも受けていた。
 そんな波乃さんに転機が訪れる。15歳の時、初めて初代水谷八重子の舞台「紙屋治兵衛」を見て衝撃を受けた。「一生忘れられませんね。高貴さ、オーラを感じました」。その後、劇作家・川口松太郎に誘われて新派に入り、あこがれの水谷八重子の弟子になる。「先生の姿を見ていると自然と襟を正すしかなくなります。先生は『弟子は勝手に育つもの』とおっしゃっていた。その考えを私も受け継いでいます」。歌舞伎から新派へ移り、初めは戸惑うことも。「新派の演技はシンプルだと思いましたが、演技で普段の動作を表すのが、かえって難しかったです」
 新派で修業する間、東山千栄子や杉村春子といったそうそうたるメンバーと演劇視察団の一員としてロシアを訪れた。言葉を尽くし理論的に説明するロシアの演劇に影響された波乃さんは、新派を辞めようと思った。
 しかし、帰国して水谷八重子の舞台「出雲の阿国」を見たとき、その気持ちは一瞬にして消えた。「歌舞伎座の天井が吹き飛ぶくらいの拍手の中、『やはりこの人しかいない』と感じました。言葉だけじゃお客さまは倒れない。舞台でどう演じるかなのです」
 それからの活躍は目覚ましく、初代水谷八重子亡き後、二代目水谷八重子さんとともに、新派を代表する女優になった。

新派初挑戦となる
風間杜夫さんと共演
(写真/松竹株式会社)

 波乃さんの人生は芝居一筋。私生活でもひとつのことをとことん突き詰める。「今はそばに凝っています。内幸町と二子玉川にあるそば店の経営もしていますが、毎日けいこ場近くの店に通って、決まって鴨せいろを食べています」。一度凝ったら飽きるまで追い続ける。新派の演出を完全に理解しようとするのも、完ぺきを求める性格ゆえか。
 かつて、映画の撮影現場などで「新派っぽい演技だ」と言われることをマイナスにとらえていたこともあった。「時代遅れと思われているようで。でも、それだけ特徴があるということなんだと気付きました」。新派の演出は、ち密な計算がされている。「はんこがなかなかつかないという演技には、当時ははんこが渇きやすく、夜朱肉が硬くなるなどの背景があるのです」。そうした計算を知れば知るほど、新派の奥深さに気付く。「かつての勢いを失いつつありますが、新派は私にとって『命』です。日本にひとつしかない新派を広めていきたいです」と力をこめた。

【風流深川唄】
 2月4日(金)〜22日(火)、三越劇場(日本橋三越本店6階)。全席指定6500円。『定年時代』読者に限り、特別料金4000円に割引。TEL03・5550・0453

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