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遠藤英嗣さん |
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あいまいな表現「混乱のもと」
近年、家庭裁判所に持ち込まれる遺産相続をめぐる親子や兄弟など相続人同士のトラブルが増加(平成18年約1万2000件。平成元年比で約2倍=司法統計年報)している。こうした“遺産争族”を避けるためにも、早めに正式な遺言書を作成しておくことが肝心だ。
子どものいない夫婦で夫が先に亡くなり、残された妻は夫と住み続けてきた自宅で静かに余生を送ろうと考えていた矢先、夫の兄弟から自宅の売却を要求された─。遺言書を書いてないばかりに残された家族の人生計画が狂うことが多い。「家族に残す財産が少ないから」「子どもたちは優しいから」といった予断は禁物。きちんとした遺言書を残しておくことは、これまで尽くしてくれた人たちに対する最後の思いやりでもある。
遺言書には、大きく分けて自筆証書と公正証書という2つの種類がある。自筆証書は自分で書くためすぐに作成できるし、費用はかからないが、表記や表現の間違いなどで無効になりやすい。一方、公正証書は公証人(裁判官など長年法律関係に従事してきた専門家で法務大臣が任命)が作成するため無効になることはないが、第三者に内容を秘密にできないし、公正証書作成費がかかる。
「遺言書の文言(文言)には注意して、しっかりと意味を理解した上で書く必要があります」とアドバイスするのは、日本公証人連合会の遠藤英嗣常務理事(蒲田公証役場公証人)だ。
例えば、「相続させる」という表現。「これが“○○に残す”などあいまいな表現になると、遺言の効力がそがれることにもなる」と遠藤さんは言う。特に不動産関係は「○○に○○を相続させる」と遺言書に明記すれば遺言で相続登記できるが、知らずに、または執行人が手数料など報酬を得るために「遺贈する」と書いて遺言書を作成した場合、遺言執行が必要になるという。
さらに「遺贈する」と書かれた人に対しての減殺(げんさい)請求によって遺産が100%行かなくなる可能性もある。「相続させる」という文言には、ほかにも(1)登記免許税が安くなる(2)所有権移転は相続人単独で申請できる(3)遺産分割協議書添付は要求されない─などの利点があり、「法律上かなりの重みがあるのです」と遠藤さんは話す。
また、公正書証と自筆証書の違いもよく理解しておく必要がある。
葬儀費用などの経費を故人の預貯金から支払う場合も多い。その時は執行人や特定の預貯金口座が書かれた公正証書遺言を金融機関に持っていけば口座からの払い戻しに多くの場合応じてもらえる。だが、自筆証書だとすぐに払い戻しできない。
それは、自費証書は「検認」といって、遺言者の誕生から死亡時までの戸籍謄本や相続人全員の戸籍謄本などを準備し、相続人全員と利害関係人立ち会いのもとに遺言書を開封する手続きを経なければならないからだ。
加えて、公正証書は封印しないが、自筆証書は封印するため遺言書に葬式のことが書かれていても、自筆証書は先の検認手続きに時間がかかるため、葬式後に供養や埋葬など故人の意思を知ることになりかねない。遺言状の作成は、公証弁護士役場のほか信託銀行、弁護士、税理士や司法書士などで扱っている。
公正証書遺言の問い合わせ:日本公証人連合会TEL03-3502-8050、または蒲田公証役場TEL03-3738-3329
遺言書、早めに正確に〜2つのケーススタディー〜
遺言書の重要性が頭では分かっていても、「まだ、自分は若いから」と作成を先延ばしにしている人も多い。そこで、遺言書作成が1日遅れたために、自分の意思通りの相続が難しくなったケースと「子どもたちは優しいから」と危うく妻への配慮を忘れそうになった2つの事例を見てみよう。
相続人がいないA男さん(78)はいとこ(64)と任意後見契約を結んでこれまで長く世話になっていた。ある日、いとこに財産の大部分を相続してもらうことを決意、公証役場に相談して遺言書の文面を確定し、翌日、自宅で遺言書を作成する段取りになっていた。ところが、A男さんは公証役場から帰宅したその夜に急死。相続人がいない場合、A男さんの財産は国庫が所有することになる。いとこを特別縁故者(民法958の3)として裁判所が認めなければ、面倒をかけてきたいとこに対して、「苦労に報いたい」というA男さんの意思はかなえられない。
妻と娘2人に自分の財産を平等に相続させようとしたケース。長女から「財産分けはみんな平等にしてね」と言われて公証役場に遺言書作成の相談に訪れたB助さん(73)。B助さんには預貯金や株券などの有価証券と妻と住んでいる自宅があった。預貯金などは平等に分けるが自宅は妻が住み続けることを前提に考えていた。しかし、「子どもたちは優しいので、わたしが死んでも妻を追い出して自宅を売却することはないだろう」と特に遺言書の中には明記しないでおこうと考えていた。だが、公証人から「娘さんたちの夫も同じ考えかどうかは分かりませんよ」と助言されたB助さんは、妻が老後を自宅で暮らせるように遺言書を作成することに・・・。
「遺産を平等に分ける」と遺言すると、自宅を売却して、その売却資金を3分の1ずつ分けて、残された妻の住む家がなくなる恐れがある。不動産など分けられない財産がある場合注意が必要だ。 |
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