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  東京版 令和6年11月上旬号  
“人対人”の医療が大切  心臓血管外科医・天野篤さん

「今や『人生100年時代』。社会的責任を果たした世代のセカンドキャリアには健康な体が必要です。ただ、都市部と地方の80歳、85歳は違うんですよね。見た目と元気さが。そのへんの格差みたいなものが無くせるとしたら、60代、70代のうちに早めに手を打つことが大事。それを、この本で主張したかったのです」と語る天野さん。現在は、順天堂大学による新たな総合病院設立の指揮を執る。「病院で一番のクレームは待ち時間。新病院のテーマはデジタル技術などをフル活用した、ずばり“待たせない”病院です。そうすれば残業も減るので、医師の働き方改革にも貢献できるのではないでしょうか」
著書「60代、70代なら知っておく 血管と心臓を守る日常」出版
 このほど(株)講談社ビーシーより刊行された「60代、70代なら知っておく 血管と心臓を守る日常」。著者は、「天皇(上皇)陛下の執刀医」「神の手」との異名を持つ心臓血管外科医、順天堂大学医学部付属順天堂医院特任教授の天野篤さん(69)。同書は、高齢者のふとした日常に潜む命の危機を回避し、逆にちょっとした工夫や我慢で健康寿命を延ばすことができることを簡潔に解説している。いわば現代の「養生訓」だ。「今や医療情報がインターネットにあふれ、医者が知識を独占し患者に治療方法を“押し付ける”時代ではなくなりました。患者はうまく医療機関を活用しながら、さまざまな選択肢を選ぶこともできる時代です。だからこそ、従来の“医者対患者”の硬直した関係から脱皮した“人対人”の医療が大事。本書をその一助としてもらいたいですね」と天野さんは話す。

 がんに次ぐ日本人の死因第2位の心臓病。当然外科手術も多い。対し、天野さんは一つの信念を持つ。「生きるためだけの手術ではなく、患者さんが意欲ある生活に戻るためのものでなくてはなりません」

 天野さんが在籍する心臓血管外科とは、心臓や血管に関連する疾患の診断と治療を専門とする診療科だ。「心臓病とは血管の病気。人は血管と共に老いるのです」。高齢者となれば誰でもさまざまな要因で動脈硬化症が進み、それが脳梗塞や心筋梗塞など重篤な病気へのトリガー(引き金)となる。「その予兆がないのが問題。ではどうすればいいか。体質を自分で把握・管理すること、それが血管を守ることにつながります」

 若い頃のむちゃな生活がたたり、「血管を若々しくなんて、もう手遅れ」と嘆く人も多いが、天野さんは語り掛ける。「高齢者になれば疾患の因子は誰でも抱えているのが当たり前です。動脈硬化症も生活習慣を見直し、健康寿命延伸へ努力を続ければ大きな症状は出ず、意欲的な生活を長く継続できることは十分可能なのです」

父の病気を機に
 天野さんが医療の道を志したのは、高校時代。父に心臓病が発覚したからだ。「自分の手で父を助けたい」。しかし、医大への道は厳しく三浪を重ねてしまう。「勉強の仕方にむらがあったのでしょう。マージャンに誘ってくる悪友たちがいたのも原因かも(笑)。でも、そうした経験も医者である今の自分を支えていると感じています」

 なんとか日本大学医学部に入学後、苦しみ抜いていた父の手術が行われたのだが、1回の手術で劇的に回復したことに仰天。だが、いずれは再手術が必要になるときが来るという。天野さんは心臓血管外科医を明確に志して、三浪の時間を取り戻すように猛勉強。卒業後、無事に医師免許を取得し、千葉県鴨川市の総合病院に勤務。医者としての第一歩を踏み出した。生来の手先の器用さもあり、心臓血管外科医としてめきめきと頭角を現していく。しかし、好事魔多し。同病院では先輩医師の執刀で父の2度目となる心臓病手術が行われたのだが、完璧な施術とはならず再手術が必要に。その後、悪いことが幾重にも重なり、父は帰らぬ人となった。さらに、人間関係もうまくいかず、天野さんは同病院を失意のうちに去る。「人生における大きな挫折の一つでした」

 そして、紆余(うよ)曲折あったものの、心臓血管外科医の経験を買われ、同県松戸市の新東京病院にスカウトされた。「そこでは人に恵まれました。自分が主治医として執刀することが多くなり、十二分に腕を磨けました」

 同病院で強く導入を訴え掛けたのが、(心臓の)冠動脈バイパス手術における「オフポンプ術」だ。難しい同手術では、血管を人工心肺装置(ポンプ)につなげ、心臓を止めた状態で行うことが当時一般的だったが、心臓を止められた患者はその時間の分、体が衰弱し退院後も元気がなくなるケースが多々あった。「手術前の意欲ある生活に戻す」との信念を持つ天野さんは、人工心肺を使わない「オフポンプ術」で心臓が動いたままの状態での手術を敢行。ノウハウを積み上げ、「オフポンプ術」での日本の権威となった。

 この功績が認められ、順天堂大学医学部教授に就任。都心部にある同大学医学部付属順天堂医院は、政財界の重鎮もかかりつけにしている。2012(平成24)年の天皇(現在の上皇)陛下の冠動脈バイパス手術も同大と東大の合同チームで行われた。執刀したのはもちろん天野さんだ。「自分しかいないと思っていました」。手術は無事終了。天野さんは時の人となった。

執刀1万件以上
 その当時の心臓手術の最前線にいた天野さんだが、医療の世界は日進月歩。現在は、小規模の開腹による内視鏡下での手術のほか、循環器内科の医療としての心臓カテーテル治療が体に優しい医療として注目を集めている。心臓血管外科からすると患者の奪い合いとなるが、天野さんは語る。「患者さんたちの病状や希望に合ったやり方に沿うようにしています。どんな治療もメリット、デメリットがあり、それを包み隠さず開示し、患者さんと一緒に選択肢を考えることが“人対人”の医療だと思っています」

 1万件以上の執刀経験を持つ天野さん。70歳を前にした今も現役だ。「自分にしか治せない運命の患者さんがいるはず。自分が適切な医療を提供できることを前提に、求められる限りはずっとメスを握っていたいですね」


((株)講談社ビーシー・1760円)
「60代、70代なら知っておく 血管と心臓を守る日常」
 60代、70代は病気と共に生きている。だから、通院、投薬があって当たり前。問題はそんな日々の中で、不本意に死ぬのか、天寿を全うするのか—。上皇陛下の執刀医が分かりやすく記した、「命を落とすリスクを減らす」暮らしの処方箋。

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