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  埼玉版 令和元年12月号  
脇役の生き方 “寅さん”で学ぶ  俳優・前田吟さん

「前田吟」は芸名。「当時は俳優座でも加藤剛とか山本圭など3文字の芸名がはやりでした。人名事典で調べてみると画数も悪くなく、呼びやすいので」。改名して映画「ドレイ工場」に出演し、山田監督から注目された
新作含め「男はつらいよ」全作に出演
 かつて日本中を笑いと涙で包み、国民的人気を誇った映画シリーズ「男はつらいよ」(山田洋次監督、渥美清主演)。その公開第1作から50周年となる2019年、50作目の最新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」が上映される。シリーズ第1作から“寅さん”の妹・さくらの夫、諏訪博役で出演している俳優の前田吟さん(75)は、「1作から50作まで全て出演でき、あらためて俳優を続けていてよかったな、と思いました。ほかの映画にも数多く出ていますが、全国的に名前を知られるようになったのはこの映画のおかげ。この作品でバイプレーヤー(脇役)の生き方を教わりました」と感慨深げに話す。

  最新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」は、新たに撮影されたさくら(倍賞千恵子)や博、満男(吉岡秀隆)など“寅さんファミリー”の人たちの「今」を描いた映像と、4Kデジタル修復されてよみがえった寅さんの映像とを紡ぎ合わせて製作した。

 シリーズ前作の映画「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」の劇場公開は、1997年にまでさかのぼる。 それから22年ぶりとなる新作公開。久しぶりに撮影現場でキャストやスタッフら山田組の面々と再会した前田さんだったが、「ブランクは全く感じず、スッと溶け込めました」と話す。

 前田さんは、橋田壽賀子脚本の「渡る世間は鬼ばかり」など数多くのテレビドラマや映画で、主に脇役として出演を重ねてきた。

  映画「男はつらいよ」シリーズで演じ続けた博は、長いキャリアを持つ前田さんの代表的な役。若いころに“ぐれて”家を飛び出し、いろんな職業を転々としたが、印刷工場で一生懸命働いてさくらに恋心を抱き、結婚する—という設定だ。「僕も高校1年で中退してからずっと生きるために働き続けてきました。印刷工場で職工のバイトをしたこともあります。それで山田監督が博役には前田吟がぴったりだと思われたんじゃないでしょうか」と笑う。

渥美清の葛藤
 もともと「男はつらいよ」は68〜69年に山田洋次脚本、渥美清主演によるテレビドラマとして全26話が放送された。そのとき、博は医師という設定だったが、映画化の際に印刷工場で働く工員の役に変更された。主なキャストの中で博役は最後に決まり、前田さんが撮影所に入ったとき、既に撮影が開始されていたという。

 「一人の俳優が演じたもっとも長い映画シリーズ」の世界記録としてギネスブックが認定している「男はつらいよ」シリーズ。その国民的映画で主人公、車寅次郎を演じた渥美が晩年、撮影現場でふっと漏らした言葉を前田さんは今も忘れられない。シリーズも終わりに近づいたころ、渥美は「吟ちゃん、スーパーマンは空を飛べないんだよな」とポツリ。常に面白いことをやって笑わせている寅次郎をスーパーマンに例え、自らの体が弱っていく中でその役を演じることに渥美の葛藤を感じ、「はっとした」という。

山田監督の教え
 山田監督からは演技指導で「何かの動作をしながらセリフを話すとリアルな生活感が出る」と教えられた。「劇中でひと言『ただいま』と話す際も、汗を拭きながら言うとさっきまで工場で働いていたんだな、と分かるんです」。前田さんは「男はつらいよ」以外でも、テレビドラマや映画に出演した際に全て動きを付けながらセリフをしゃべる実験をしてみた。例えば、NHK「となりの芝生」で演じたサラリーマンでは翌朝の髪型が崩れないようにヘアネットをかぶりながらセリフを言い、刑事役では手帳にメモを取りながらしゃべった。そんな山田監督流の自然な演技を心掛けるようになって30歳を過ぎたころ、ある演技で山田監督から「あ、いいんじゃない」と言われた。そのときに「これで俺は役者で飯を食えるな、と思いました」と振り返る。「山田監督のアドバイスで、新劇だけではなくホームドラマの役もできる俳優になれた」

「昔は天涯孤独」
 山口県防府市で44年に生まれた前田さん。役者を志すきっかけは、小学6年生のときの学芸会で「西遊記」の沙悟浄(さごじょう)を演じたこと。担当の先生から絶賛され「将来は俳優になりなさい」と勧められる。「みんなの前で朗読するのは苦手でしたが、不思議と(沙悟浄役では)演技をしながら生き生きとセリフが言えました」

 これを契機に映画や講談、落語などに興味を持つようになり、「俳優になりたい」という思いから高校を1年で中退、大阪の演劇学校などを経て上京、19歳で劇団俳優座養成所に入所する。同期には夏八木勲や原田芳雄らがおり、後に「花の15期生」と呼ばれる。そんな仲間と互いに鍛え合いながら、前田さんは独立プロダクション系の映画やテレビドラマなどにも積極的に出演した。その中で、初の大役が24歳のときの映画「ドレイ工場」(山本薩夫監督)。試写を見た山田監督にその演技が注目され、山田監督の脚本、渥美清主演でテレビ放映されていた「泣いてたまるか」最終回に運転手の助手役で出演、見事「男はつらいよ」の博役を射止めた。「博と同じように、僕が苦労して俳優になったところに山田監督は共感を覚えられたんじゃないでしょうか」。前田さんは、生後100日で養子に出され4歳のときに養母が死去、養父も中学2年に進学する直前に亡くなった。天涯孤独となってからは養父の妹やその息子、そして実の母の姉の家を転々としている。

 そんな生い立ちからか、これまで「俳優という仕事は飯を食うため」と“公言”してきたが、今は「仕事があるから楽しく生きていられる」という気持ちに変わってきたという。だが、俳優だけでなくテレビの司会(テレビ東京「二代目 和風総本家」司会者)もこなすなど、仕事への貪欲さは今も変わらない。


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「男はつらいよ お帰り 寅さん」 日本映画
 サラリーマンを辞めて小説家になった満男は久々に葛飾・柴又の実家を訪れる。柴又帝釈天の参道で親戚が営んでいた草団子店「くるまや」は新しくカフェに生まれ変わっていたが、その裏手にある住居には、母のさくらと父の博が暮らしている。亡くなった妻の七回忌法要の後、両親や親戚、近所の人たちとの話に花を咲かせたのはいつも自分の味方でいてくれた伯父・寅次郎のこと。その後、再会した初恋の人イズミと行ったジャズ喫茶で、寅次郎のかつての恋人リリーから寅次郎との思いがけない過去を聞かされる。

 監督:山田洋次、出演:渥美清、倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田吟ほか。116分。27日(金)から丸の内ピカデリー(Tel.050・6875・0075)ほかで全国公開。

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