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  東京版 平成19年1月下旬号  
一生懸命は当たり前 「タイタニック」で新春の舞台幕開け   俳優/宝田明さん

「ゴジラの出演が決まって、おれが主役だ!と喜んでいたら『ばか、主役はゴジラなんだ』とぎゃふんといわれました」と笑う宝田さん
 
 東宝ニューフェース第6期生としてデビューし、「ゴジラ」で一躍スターとなった宝田明さん(72)。1964(昭和39)年の舞台「アニーよ銃を取れ」以来、現在は美声をいかしてミュージカルを中心に活躍している。07年の初舞台はミュージカル「タイタニック」で、宝田さんは船長を演じる。引っ張りだこの理由は徹底した練習量に裏打ちされた舞台の完成度にある。しかし本人は、「一生懸命という言葉をプロが使うのはおこがましい」と話す。

陰で汗かくプロに徹し
 宝田さんの嫌いな言葉は「一生懸命」。「プロが一生懸命やるのは当たり前。子どもも主婦の方もOLも、みんな一生懸命生きている。それなのにプロの役者が高額のお金をもらって一生懸命やりました、なんて言うのはおこがましい。陰でどれだけ汗をかくかがプロなんですから」ときっぱり言い切る。努力の片りんを見せることを嫌い、けいこ場にもスーツで来る。「だらっとしたのは嫌い」と。

 そのダンディーさから、ミュージカルには欠かせない俳優として名をあげられる宝田さん。東京国際フォーラムで現在上演中のミュージカル「タイタニック」にも船長役で出演している。もとはブロードウェーで連続講演回数804回のロングランを記録した作品。世界的なヒットとなった映画「タイタニック」とは別のストーリーで、日本では今回が初演となる。オペラを思わせる感動的でメローなナンバー、荘厳なコーラスで、北の海に沈んだ人々のドラマを描いた。

 実際のタイタニック号が北の海に沈んだ34年後の1946(昭和21)年、宝田さんは満州からの引き揚げ船で海を渡った。12歳だった。戦渦が激しくなったころの満州では相当辛酸をなめたと振り返る。2人の兄、姉とは生き別れになった。ソ連兵の監視下で石炭を積む作業をさせられ、弁当箱に石炭をこっそり入れたのがばれ、頭をめちゃめちゃになぐられた。シベリアに抑留される列車に兄を捜しに行き、銃で腹部を撃たれたこともあった。

 帰国後は6畳半に親子3人ひしめき合って暮らした。「食うための戦いに明け暮れ」、さまざまなアルバイトに手を染めた。「心配させるから親には言いませんでしたが、病院で血を売ったりもしていましたよ」

 一方、中学生の時から脚本を執筆するなど夢の世界にも心を奪われていた。演劇は「自己表現するためのもの」で、「まさか役者になるとは思っていなかった」と語る。しかしそのまさかが起こる。知人の勧めで受けた東宝のオーディションに見事「ひっかかって」デビュー。「ゴジラ」で一躍人気に火がついた。

 小津安二郎監督の「小早川家の秋」にも出演するなど映画界では長年重宝されていた宝田さんだが、30歳の時に出演した舞台「アニーよ銃を取れ」を機に舞台へ移行する。当時このような前例はなかったが、宝田さんはこの挑戦に賭けた。「ここから舞台にフェードインできたのが転機かもしれない。映画では味わえないお客さんとの間にある緊張感、生の拍手が本当にうれしくて。こんな新天地はありませんでした」と顔をほころばす。「アニーよ銃を取れ」は芸術奨励賞を受賞し、宝田さんはこの新天地に定着した。

 70歳を過ぎてもまだまだ走り続ける理由のひとつに、06年5月に亡くなった東宝の同期・岡田眞澄さんや、生前懇意にしていた三船敏郎さんの分までも、という思いがある。

 「三船さんとは不思議なつながりがあってね。ぼくは10年前に11時間に及ぶバイパス手術を受けたんです。麻酔からさめたぼくの第一声は『三船敏郎が亡くなった。みんなに連絡しろ』」。三船さんの死は事実だった。「でも、当然ぼくはそんなこと知らないんですよ。ずっと寝ていたんだから。いまだにそれは謎。でもきっとさんずの川で『宝田、お前ちょっと待て』と追い返してくれたんだと思う」と笑う。偶然ではあるが、三船さんも引き揚げ仲間。きずなは深かった。

 役者の仕事は「しょせん虚構の人物を演じること」ではあるが、「その人物を舞台で生ききることでさまざまな人生を体感でき、そしてお客さまへの感動のブリッジになれる。役者みょうりにつきますね」と本当にうれしそうな顔をする。

「いろんな時代がありました。日本に帰ってきても苦しかった。でもそれがすべてこの仕事に生きてきています。引き揚げ船の中、わたしが役者になると誰が想像したでしょう。この仕事ができて本当に幸せです。生涯役者でいたいと思います」

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