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  東京版 平成27年2月下旬号  
奄美島唄、本質は「祈り」  “奄美の唄者”築地俊造さん

昨年11月の東京公演で歌う築地さん。奄美地方の島社会の縁のつながりを軽妙に歌った「兄弟っくゎ」で笑いを誘い、「六調」「ワイド節」などテンポが速い曲では、「三味線を弾きながら太鼓をたたき、歌う」という一人3役の演奏も。約20曲、2時間半、立ち通しで歌い続けた
東京公演、25年以上
 民謡の宝庫・奄美で歌い継がれる島唄。教訓、作業の仕方、恋歌、歴史上の人物の史実…。三味線と太鼓の伴奏にのせ、おかしくて切ない“生きる上で必要な知恵”を歌う。島口(奄美地方の方言)と独特の裏声が持ち味の築地俊造さん(80)=鹿児島県奄美市=は、そんな奄美島唄の名人と呼ばれる「唄者」だ。年2回の東京公演は25年以上続く。昨年、12年ぶりとなるCDもリリースした。「唄は私の財産。奄美島唄の本質は祈りに尽きます」

 「島唄は、今の時代に生きている唄です」。築地さんは奄美大島北部の笠利町で生まれた。唄と三味線が得意な父の影響で、乳飲み子の頃からその音色に慣れ親しんだという。初めて歌ったのは中学時代、実家を出て名瀬の下宿に入った時だ。「五月病の時期。歌うのも三味線を触るのも初めてなのに不思議と2〜3曲弾けた。涙がポロポロと出ました」

 学問を志し高校卒業後に島を出た築地さん。東京や大阪で働き、結婚を機に帰郷した31歳の時、島唄を習う決意をした。「唄者の先生が弾く三味線の音色にほれ込み、教室へ熱心に通った。初めは30人いた生徒も2カ月で私一人になり、先生から『もう教えることはない。自分の島唄をしっかり歌っていきなさい』と」

 生業の洗濯店を妻に任せ、歌う場所を求め三味線店に通った築地さん。1975年に地元の民謡大会で優勝すると、79年には「第2回日本民謡大賞全国大会」でグランプリを受賞。全国の民謡ファンに奄美島唄の独自性を印象付けた。

 この時歌ったのが築地さんの代名詞の「まんこい節」だ。「その年の4月に亡くなった父をしのび、父十八番の曲を選んだ。でも(歌い手自身が唄遊びを楽しんだ)父のまねではなく、聴衆が楽しめるように意識した私流のアレンジ」。築地さんによると、「まんこい」とは「招く」を意味し、婚期が遅れた女性の不安な気持ちを歌う。波に揺れる小舟に自身の将来を重ね、日々の幸せを願う唄だという。「奄美の唄の主題は祈り。根底にある祈りを歌っています」

“見せる演奏”も
 裏声を駆使した高音域の唄と、辛口でユーモアのあるトークは築地さんならではだ。舞台演出の工夫を早い時期から始め、「三味線・太鼓・唄」という一人3役で演奏することもあれば、「島唄の背景を知ってほしい」と唄の解説にも力を注ぐ。国内外で島唄を披露し、沖縄の喜納昌吉や知名定男のほか、津軽三味線やジャズ奏者とも共演。88年以降、渋谷ジァン・ジァンなどで年2回の東京公演を継続している。92年には奄美の若いロックバンドと組んで全国ツアーを行うなど、後に元ちとせや中孝介ら奄美の若手が注目される土台作りにも貢献した。

 時代の変化にも敏感で、「大賞当時、1500人の会場もすぐ満員にできたのに、今は30人出演しても400人がせいぜい。客は『聞かせる』だけでなく、『見せる』『体験させる』演奏を求めている」と築地さん。「新しいことをすると、『伝統を壊す』と考える人もいる。でも私は伝統を生かすためにも、新しい栄養を取り込んでいく必要があると思う。島の方言にしても、崩し過ぎると島唄が歌えなくなるけれど、ある程度は標準語を入れる。聞く人が分かるような方向に持っていかないと、島唄が死んでしまう」

 その一例として自身の“手痛い”体験を挙げる。島での帰り道、不意のスピードオーバーで運転免許停止になった築地さん。罰金や再講習費…。島の歌謡大会でそのやりきれない思いを歌った。「やんわりと『交通安全の唄』としてね。みんな私の話を知っているからバカ受けでした。その中に調書を取った人もいて、『僕らの交通安全指導は築地さんの唄にかなわない』と言って、翌日職員20人で演奏を聞きに来た。自分たちのリアルな生活を表現して初めて島唄といえると思った」と笑う。

「がん」をのりこえ
 昨年11月のステージは感慨深いものになった。傘寿を迎え、「地域文化功労者」(芸術文化分野)の受賞が決まった直後の東京公演。コンサート終盤、築地さんは涙ながらに「まんこい節」の懐かしい思い出を語った。

 ハンセン病により心を閉ざしたある年配女性。テレビで築地さんが歌う姿を見て、「あれは私の島の唄」と喜んだという。後日、それを知った築地さんは女性のいる病院へ慰問に。最前列で花束を抱え、歌の前から泣いていた女性。帰り際、「私の代わりに島に届けて」と託されたのが紙にくるまれた数本の髪の毛だった。築地さんは回想する。「医師から『あの女性の心の鍵を開けてくれたのはあなただ。私たち医師にできなかったことをした』と言われ、民謡の力、唄の力を実感しました。その時から、私の島唄はその女性の祈りの心を紡いで歌っています」

 築地さんは1年前、直腸がんを患い大腸の半分を切除した。「半年後、右肺に転移し、医師には『もう歌うのは難しい』と告げられた。でも今、のどの調子は絶好調。手術前よりも元気に歌える」と笑顔で話す。「島唄の本質は祈りです。自然に逆らわず、自然に感謝し人々を思いやる。歌えば歌うほど私の宝になっていきます」

CDアルバム「うきゃがれ舞ゃがれ」
 「懐かしゃや」「豊年節」「交通安全の唄(くるだんど節)」「ワイド節」など全17曲を収録。2592円。

♪奄美島唄ライブ 築地俊造 with RIKKI
 4月5日(日)午後2時開演、R 's アートコート(JR新大久保駅徒歩6分)で。全席自由3500円。ティダドリーム Tel.03・3298・1419

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