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  東京版 平成30年12月上旬号  
心に寄り添う歌を  歌手・芹洋子さん

芹さんはコンサートについて、「多くの人と、心と時間を共有する幸せな機会」と話す。「懐かしい歌を聞けばそのころの思い出がよみがえってきます。歌を通して人生の場面場面を思い出していただき、そのときの自分の心情を懐かしく思っていただければ…。コンサートの後半では皆さんに、歌にまつわる思い出を聞きながらリクエスト形式で歌うつもりです。クリスマスシーズンの寒い時季ですが、あったかい気持ちを共有し一緒に歌ってほしいですね」
17日にクリスマスコンサート
 「四季の歌」(1976年)、「おもいでのアルバム」(82年)など、さまざまな国民的愛唱歌を、透明感あふれる伸びやかな歌声で紡いできた歌手・芹洋子さん(67)。実は、歯磨き粉「ホワイト&ホワイト」、喉あめ「ハーブキャンディ」など、CM曲だけでも約700曲を担当した「コマーシャルソングの女王」でもある。そんな芹さんが17日、錦糸町でクリスマスコンサートを開催する。「歌声喫茶のスタイルが私の原点。一人一人の心に寄り添うような歌を、大切に歌っていきたいと思います。当日はステージと客席の垣根を取り払うようなコンサートにしたいですね」

芹さんは大阪府東大阪市で1951年に出生。音楽好きの母の影響で、歌うことが大好きに育った芹さんは、幼少時から自らの判断でさまざまな歌唱コンテストに参加。各地で優秀な戦績を収めていた。「当初、両親はコンテスト出場に反対していましたが、賞品として冷蔵庫やテレビを持って帰るようになると、『もっと出なさい!』と応援してくれるようになりました(笑)」

 さらにコンテストの審査員を通じ、小学4年生のころ、関西の歌声番組に出演。「東京に出てこないか」とスカウトの打診も受けたが、両親の「高校まではしっかり勉強してほしい」との思いをくみ、中学、高校は一学生として青春を過ごした。そして高校卒業直後、歌声番組のオーディションを経て上京。18歳のとき、「野に咲くバラのように」(69年)でメジャーデビューを果たす。

 芸能界入り当初はCMの仕事がメイン。限られた時間で譜面を読み込み、スポンサーからの「お母さん風の声で」「子どもの雰囲気を出して」などの要望に従い、プロとして歌唱をこなしていった。「CMのお仕事は商品の売り上げが全ての厳しい世界。プレッシャーもありましたが、ここで鍛えられたことで、歌手としては大変な勉強となりました」

 1970年からは、NHKのファミリー向け歌唱番組「歌はともだち」にレギュラー出演。同番組では数々の童謡や民謡を歌唱し、お茶の間に認知されるように。そして74年、北海道帯広市の鉄道「愛国駅」「幸福駅」にちなんだ「愛の国から幸福へ」を歌い、“うたのおねえさん”から歌謡歌手へ見事転身する。

 また、芹さんはデビュー前後から歌声喫茶スタイルのコンサートを重ねていたが、そこでリクエストされる、市井の人々が歌い継ぐ数々の隠れた愛唱歌に感銘。それらを発掘し世に広める役割を担うようになる。中でも看護師や医療関係者らが歌っていた「四季の歌」や、山男たちが口ずさんでいた「坊がつる讃歌」(78年)は大きなヒットとなった。「皆さんから教えていただいた歌そのままではなく、自分なりに咀嚼(そしゃく)し、自身の意思を盛り込む形で歌わせていただきました」

中国でも大人気
 81年、芹さんは中国政府から招かれ、日本人歌手として初めて北京で歌った。NHK国際放送を通じ中国向けに放送された「四季の歌」が同地で大ヒット。北京大学の学生らのリクエストにより招待されたのだ。「以降、中国各地で公演させていただきました。学生たちはもとより共産党政府の要人にも歓迎され、当時青年組織のリーダー格であった胡錦濤さんもよくコンサートに駆け付けてくれました。08年、中国のトップとなった胡錦濤さんが来日した折はお忍びでお会いしましたね」

事故から一月で復活
 その後、結婚し大事な一人娘を授かるなど順風満帆な人生を歩んでいた芹さん。だが、91年に悲劇が訪れる。バイクにはねられ強く地面にたたきつけられたことにより、外傷性くも膜下出血を発症。命の危機は脱したが、事故の影響で自分や家族のこと、そしてこれまで歌い上げてきた全ての曲が忘却のかなたへ失われる「記憶喪失」となったのだ。幸い名医が治療に当たり、リハビリプログラムを組み立て、事故の1カ月後にはその一環としてステージに立つことに。「脳に刺激を与え続けることが回復の近道だったそうです。私は自分が誰だかも分かりませんでしたが、とにかく病室で自分にとって“新曲”となってしまった約30曲を詰め込み、当日に臨みました」

 復活コンサートはつつがなく進行したが、最後の曲となった「四季の歌」で、「♪秋を愛する人は〜」の後の歌詞が出てこず頭が真っ白に。だが、会場に駆け付けたファン全員が「秋」「冬」の歌詞を歌い継ぎ大合唱。この奇跡のようなコンサートで芹さんはようやく歌手である自分を取り戻すことができたと話す。「あれから27年。今や体調や記憶も完全回復しましたが、“死”を経験したことで、今は一日一日を懸命に生きたいと強く思います」

 現在、芹さんは全国で歌声喫茶スタイルのコンサートを開催。今も多くのファンから引っ張りだこの人気だ。「幼稚園や保育園の卒園歌として定番となった『おもいでのアルバム』は、年齢に関係なくシニアの人たちにも多くのリクエストをいただくほど人気です。今後も皆さんの人生や心に寄り添える曲を歌っていくことが、私の使命だと思っています」

♪〜四季の歌〜芹洋子 クリスマスコンサート♪
 17日(月)午後1時半、すみだトリフォニーホール(JR錦糸町駅徒歩5分)小ホールで。
 予定曲:「四季の歌」「赤い花白い花」「坊がつる讃歌」「知床旅情」「今日の日はさようなら」ほか。
 全席指定5000円。問い合わせはインターナショナル・カルチャー Tel.03・3402・2171

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