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  東京版 令和6年9月上旬号  
“黒子”に徹し、名曲届ける  指揮者・秋山和慶さん

東京交響楽団の本拠地、神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホールの同楽団事務所で撮影に応じた秋山さん。その「鉄道趣味」は業界では有名だ。カナダ・バンクーバーの自宅には自作のものも含め、マニア垂涎(すいぜん)の鉄道模型の膨大なコレクションを専用の部屋に収容しているという。コロナ禍ではたまたま日本にいたため、半年間缶詰めとなり、カナダに帰国できなかった。「自宅に戻ってみると、模型をメンテナンスしていなかったので、電気的な接点がいろいろなところで悪くなってしまって…。暇を見ては一つ一つはんだ付けで修理しているのですが、終わりが見えません(泣)。これが当面の目標ですね」
21日、「指揮者生活60周年記念コンサート」開催
 今年死去した小澤征爾を兄弟子に持ち、ともにプロ・オーケストラの最前線に立ち続けた世界的名匠(マエストロ)秋山和慶さん(83)。その功績をたたえ、プロとして第一歩を踏み出した東京交響楽団の公演として、21日には「指揮者生活60周年記念」コンサートを開催。ブルックナー「交響曲第4番『ロマンティック』」と、ベルク「ヴァイオリン協奏曲『ある天使の思い出に』」の2曲を演奏する。秋山さんのモットーは、指揮者は音楽に真摯(しんし)に向き合い、自らは“黒子”に徹すること。「もちろん作曲家の意図を自分なりに解釈し、それを演奏者たちを通じてお客さんに伝えますが、理想は指揮者が目立たず楽団が素晴らしい演奏をすること。『きょうの指揮者って誰だった?』と思われるくらいでちょうどいいんです。その分、お客さんには名曲に存分に浸ってほしいですね」

 「『当日は好きな曲、何を演奏してもいい』といわれました」とほほ笑む秋山さん。「自分が高校生のとき、初めてブルックナーの曲に出合い、非常に感銘を覚えました。そのときの曲が『交響曲第4番』です。ベルクの曲は同曲に合う組み合わせとして選びましたが、近現代のバイオリン協奏曲では大傑作といわれる曲です。あまねく一般に普及しているものではないですが、当日はこれらの名曲を観客の皆さんに“発見”してもらいたいですね」

 秋山さんは、1941年に東京で生まれる。「元音楽教師の母にピアノを習い、商社勤めの父も音楽好き。家族でよく演奏会に行っていましたが、将来、音楽で身を立てるとはつゆほども思っていませんでした」。当時、秋山少年の心をとらえて離さなかったのが鉄道趣味だ。「今も夢中です。電車の設計技師になるのが夢でした」

 そんな秋山さんに転機が訪れたのは55年、中学生のときだった。高校生のオーケストラを聞く機会があったのだが、演奏が始まると驚嘆した。「指揮者の手の動き、体の動きに合わせ、いわばマスゲームのように、演奏者たちの“足並み”が恐ろしいほど“ビタッ!”とあった演奏でした」

 秋山さんは続ける。「大人のプロ・オケでもあんな表情豊かでいきいきとした演奏、めったにありません」。いてもたってもいられず楽屋に駆け込み、くだんの指揮者に賛辞を贈った。「あなたの指揮で僕も演奏してみたい!」

勘違いで音楽の道へ
 秋山さんが対した相手は、若き日の小澤征爾だった。小澤は何を聞き間違えたのか、秋山さんを自身の師である斎藤秀雄のもとに連れていき、「こいつ、指揮者をやりたいそうです」と引き合わせた。日本のオーケストラのレベル向上へ、指揮者教育に熱を入れていた斎藤に厳しい眼光で「本当か!」と問われると、「はい」とうなずくしかなかったと振り返る。「後日、多くの音楽仲間から『本当は別の道に進みたかったんじゃない?』とよくからかわれました。あの一言で電車の設計技師の夢は“棒に振る”ことになりました。指揮者だけにね(笑)」

 小澤と秋山さんの師である斎藤秀雄は、音楽の名門、桐朋学園の創始者の一人であり、後に「斎藤メソッド」と呼ばれる「指揮法教程」を書き上げた大巨匠。世界中どこでも、言葉が通じずとも、指揮棒を通じて楽器演奏者たちに意思疎通ができる指揮法を独自に開発した異才だ。

 やがて斎藤の指揮者教育は、兄弟子の小澤により大輪の花を咲かせる。59年、武者修行で欧州に旅立った小澤は、「斎藤メソッド」で鍛えられた指揮により驚きをもって迎えられ、世界的プレーヤーの一人となったのだ。

 秋山さんも64年、23歳でプロ・オーケストラの専属指揮者としてデビューする。しかし、当の東京交響楽団はその1カ月半後に経営破綻。演奏者たちが自主運営で楽団を存続させたのだが、新人の秋山さんのほかに指揮者がいない。「引きずり込まれました(笑)。仕事があればどんなステージでも出かけました。当時は毎日、練習と本番で指揮棒を振っていた気がします」

 秋山さんは指揮者の役割について、「指導者であり、現場監督」と分析。プロの世界では、本番まで2~3日の短い練習時間で指揮者はおのおのの演奏者たちのひらめきもくみ上げ、楽団員を一つにまとめ上げなければならない。本番も当然気を抜けない。「演奏者らに言わせると、『自然に合奏隊として合わせられるようなしぐさ、指揮をしてもらえるとおのずと気持ちが集まる』のだそうです。だから演奏者全員が納得できる動きをパターン化して指揮しているのです」

小澤の引きで世界へ
 秋山さんが世界で羽ばたくきっかけは、小澤の引きで68年にカナダ・トロント交響楽団の副指揮者を務めたことだった。そこから世界に認められていき、70年、29歳にしてオーケストラにとって最高の舞台であるアメリカのカーネギー・ホールに立つことになる。以来、バンクーバー交響楽団やアメリカ交響楽団のほか、国内外の楽団の指揮者や音楽監督を歴任。小澤に続く形で「斎藤メソッド」の体現者となっていった。

 小澤との思い出を語る。「とても人懐っこい人。誰とでもすぐに仲良くなれるんです。彼を超えられると思ったことはありません」

 現在、80の大台を超えたが、自分で立てる限りは指揮を続けるという秋山さん。「指揮台で倒れるなら、それはそれでいい。生きている限りは、偉大な作曲家たちの名曲を多くの人に届けたいですね」


©TSO
♪ 東京交響楽団第724回定期演奏会「秋山和慶指揮者生活60周年記念」
 21日(土)午後6時、サントリーホール(地下鉄六本木一丁目駅徒歩5分)大ホールで。
 予定曲:ベルク「ヴァイオリン協奏曲『ある天使の思い出に』」、ブルックナー「交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』」(1878/80年稿ノバーク版)。出演:秋山和慶(指揮)、竹澤恭子(バイオリン)ほか。
 全席指定。S席7500円、A席6500円。問い合わせはTOKYO SYMPHONYチケットセンターTel.044・520・1511

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