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「1人だけど、独りじゃない」 映画プロデューサー 岡本幸さん |
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映画「104歳、哲代さんのひとり暮らし」のポスターを背に、「主人公」の石井哲代さんと同じポーズを取る岡本幸さん。「いりこ(煮干し)のみそ汁などを自分で作り、何でもおいしく頂く哲代さんの、食事前のしぐさです」。映画は今年1月から地元・広島で先行上映され、「異例のロングランヒット」となっている。岡本さんは「観客の皆さまも私と同じく、哲代さんの『とりこ』になっているみたいです(笑)」 |
ドキュメンタリー「104歳、哲代さんのひとり暮らし」上映中
《生きとるからこそできることがいっぱいですよ》
広島県尾道市の山あいの町。100歳を超えて1人暮らしを続ける石井哲代さんの日々を見つめたドキュメンタリー映画「104歳、哲代さんのひとり暮らし」が、都内の映画館で上映されている。同作の統括プロデューサーの岡本幸さん(50)は、哲代さんを「自分を励ます達人」と言い表す。「(年齢を重ねて)できないことが増えても、自由な心で暮らしをしなやかに変えていく」。親しみと敬意を寄せ、言葉を継ぐ。「(哲代さんは)1人暮らしだけど、独りじゃない—。そんな実感を映画に込めています」
《(過去形の)「でした」言うたらいけん。(英語の現在進行形の)「ING」でいきます》
今月29日、満105歳の誕生日を迎える哲代さんは前向きだ。83歳のとき、夫の良英さんをみとってからは1人暮らし。近年、「全く独力」の生活は難しいが、姪(めい)をはじめとする親戚や近所、行政のサポートを得て、「家のあるじ」であり続ける。自らも取材に当たった岡本さんは、哲代さんの「しなやかさ」に驚かされてきた。例えば、脚に不安があるため、坂を下る際は転ばないよう「バック、オーライ」と唱えながら後ろ向きで…。「それでも周りに『甘えないわけにいかない』というときには、しっかり甘え、ありったけの感謝を伝える。『自立』というより『自律』という言葉がぴったりなおばあちゃんです」
長く小学校教員として働き、退職後は民生委員を務めた哲代さんが「有名」になったのは、100歳のとき。哲代さんの日常や言葉を取り上げた地元紙の連載が反響を呼び、岡本さんが勤める放送局・中国放送(本社・広島市)でも取材の企画が持ち上がった。
笑いの“陰”に
当時、岡本さんは夕方の情報番組のプロデューサー。ほぼ4時間に及ぶ番組全体の構成を考える立場とあって、「私自身はなかなか取材に行けなかった」と振り返る。「初めてお会いしたのは(デイサービスセンターの)お風呂でした。男性の撮影スタッフだと、さすがにまずいので…(笑)」。初対面のあいさつもそこそこに素っ裸になった哲代さんは、湯船に漬かって「気持ちがええ」。その開けっ広げさに、「昔からの知り合いのような気持ちになれました」と笑みを見せる。
放送を重ねるたびに「哲代さん人気」は高まり、2023年7月にはTBS系で全国放送も。ただ、テレビ番組の放送時間には限りがあり、監督の山本和宏と共に「何とか映画にしよう」と作戦を練った。哲代さんは元気とはいえ、100歳を超す“超高齢者”。「存命のうちにお見せしたいと…。周りから『無茶』と言われながらも、映画化を急ぎました」。101歳から104歳までを収めた映画ができたのは昨年末。作中ではその日常を主にしながらも、生い立ち、教員だった戦時下の体験、戦後の労苦も織り込んだ。哲代さんは自らを「『あの人、バカじゃあるまいか?』と思われるほどケラケラしている」と言う一方、海を見ながらこうつぶやく。
《そりゃあ…、もう…、そうないとせにゃあ、生きていかれませんもの》
岡本さんは、子宝に恵まれなかった哲代さんの心中を推し量る。「終戦後すぐ農家の本家に嫁ぎ、どれだけつらい思いをしてきたか…」。作中では「御先祖さま、すみませんでした。良英さん、すみませんでした」と記した日記も映し出される。
退院後は「揺らぎ」も
7歳年下の妹は脳梗塞再発後、神戸市内の福祉施設に入ったが、コロナ禍のため、会いに行っても直接触れることはかなわない。帰路の車の中で笑顔を見せ、運転する親戚らに頭を下げた哲代さんは、後に詩をつづっている。
《(妹の)桃ちゃん… 貴女にふれたい …二人をへだてる窓ガラスなんと厚いことでしょう》
哲代さん自身、100歳を超えてから持病の脚の炎症が悪化し、複数回の入院を強いられた。退院後すぐの帰宅はかなわず、いったん入所した福祉施設で「1人暮らしへの覚悟」が揺らぐ場面も。それでも「100年よう使うた脚じゃけ…」と、時に自身を慈しむ姿は人々をひきつけ、映画はその笑顔が輝く“クライマックス”へ—。日記には、こんな言葉も載っている。
《一人暮らしだけど、一人じゃない。見守ってくださる方が周りにいっぱい》
今年初め、自身が主人公の映画を初めて見た哲代さんは懐かしいシーンに手をたたき、歌の場面では歌を歌い、岡本さんらに向かって「ありがとね」と何度も繰り返した。
岡本さんは「最近、私も老眼が始まった」と苦笑しつつも、「哲代さんと一緒にいると、『私の悩みなど何とかなる!』と思えてくる」と話す。「この映画が老いる私たちの足元を照らす小さなサーチライトのような存在になれば、うれしいです」。“地方発映画”への思いも語る。「インターネットのスピード感とは違う、じわじわした広がり方で全国の人たちに伝わっていけば…。地方でも面白い仕事はできると思います」 |

©「104歳、哲代さんのひとり暮らし」製作委員会 |
「104歳、哲代さんのひとり暮らし」
監督・編集:山本和宏、統括プロデューサー:岡本幸、出演:石井哲代ほか、ナレーション:リリー・フランキー。94分。日本映画。
シネスイッチ銀座(Tel.03・3561・0707)ほかで上映中。 |
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